グローススタジオレポート

地方企業の成長事例

サテライトオフィス誘致と神山まるごと高専で築いた日本の地方創生ロールモデル

人口5,000人を切った徳島県神山町で、アーティスト・イン・レジデンス、サテライトオフィス誘致、神山まるごと高専を組み合わせて「日本の地方創生ロールモデル」を作った、NPO主導の地方マーケティング事例

企業概要(公開情報)

企業名
NPO法人グリーンバレー
所在地
徳島県名西郡神山町
代表者
中山竜二(理事長・2024年5月就任、粟カフェ代表)/大南信也(設立メンバー・初代理事長)
設立
2004年
業種
地方創生NPO/サテライトオフィス誘致/教育
従業員数
非公開(公式サイト掲載の役員・事務局体制と複数取材記事の記述から、有給スタッフ数名+業務委託・連携法人の混成体制)
本記事の公開情報
2026-05-18 公開 / 出典 18本 / 本文約5,800字

今回取り上げるのは、徳島県名西郡神山町(かみやまちょう)を拠点に活動するNPO法人グリーンバレーです。徳島市から車で約45分、四国山地の山あいに位置する人口5,000人弱の小さな町(2025年1月1日時点で4,597人、神山町公式「人口と世帯数」)で、1991年の「青い目の人形」里帰り運動を起点に、アーティスト・イン・レジデンス、サテライトオフィス誘致、移住促進、そして2023年4月開校の神山まるごと高専に至るまで、20年以上にわたって町の風景を変え続けてきた団体です。設立メンバーで初代理事長の大南信也氏は2007年に「創造的過疎」という言葉を生み、神山町は「日本の地方創生のロールモデル」として、Forbes JAPAN、日経BP、NHK、JBpress、Business Insider Japan、SUUMOジャーナル、博報堂、大和ハウス工業ほか多数の媒体で継続的に取り上げられてきました。

本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下4点を整理します。

  • NPO法人グリーンバレー公式「イン神山」
  • 神山町公式「人口と世帯数」「まちを将来世代につなぐプロジェクト」
  • Sansan株式会社公式
  • PR TIMES
  • 神山まるごと高専公式
  • プラットイーズ「えんがわオフィス」公式
  • フードハブ
  • プロジェクト公式
  • 書籍『神山プロジェクト 未来の働き方を実験する』(篠原匡
  • 日経BP
  • 2014年)
  • JBpress「世界が注目
  • 『移住者を選ぶ』過疎の町」(2018年公開)
  • JBpress「神山まるごと高専の10年物語」(2022年公開)
  • Business Insider Japan「Sansan創業者が仕掛ける『神山まるごと高専』が2023年4月に開校決定」
  • 日経BP「新
  • 公民連携最前線」
  • NTT東日本Lumiarch
  • 大和ハウス工業「サステナブルジャーニー」
  • 博報堂センタードット
  • SUUMOジャーナル「神山まるごと高専2年目」
  • greenz.jp「大埜地集合住宅」
  • 内閣府NPO法人ポータル
  • 総務省「とくしまサテライトオフィス」
  • 東洋経済オンライン
  1. 設立前史──「青い目の人形」とアドプト・プログラムから始まった国際交流協会
  2. 何を仕掛けたか──アーティスト・イン・レジデンスとワーク・イン・レジデンス
  3. 何が起きたか──Sansan神山ラボに始まるサテライトオフィス誘致
  4. 何を残すか──神山まるごと高専(2023年4月開校)と神山つなぐ公社

1. 設立前史──「青い目の人形」とアドプト・プログラム

NPO法人グリーンバレーは、2004年12月に内閣府の認証を受けて発足したNPO法人ですが、その実体は1992年に発足した「神山町国際交流協会」を前身とする20年以上の蓄積を持つ団体です(内閣府NPO法人ポータル、グリーンバレー公式「イン神山」)。

中心人物は、1953年神山町生まれの大南信也氏です。米国スタンフォード大学院修了後に家業を継ぐかたちで神山町に戻った大南氏は、1991年、町立小学校のPTA役員として、1927年に日米親善のために米国から贈られた「青い目の人形アリス」の里帰り運動に取り組みます。徳島新聞、灯台もと暮らし「枠組みのない町を創る」(2015年)、JBpressなどの取材記事が共通して伝えるところによれば、戦中に多くが処分された青い目の人形のうち、神山町の神領小学校に残っていた1体を米国に里帰りさせるこの運動が、地域に「外と関わる回路」を作る最初の実験になりました。1992年、運動の母体として神山町国際交流協会が発足し、大南氏が中心メンバーとなります。

国際交流協会の活動は、当時としては独特の方向に展開しました。1998年、米国テキサス州発祥の住民による道路清掃活動「アドプト・ア・ハイウェイ」を、神山町国際交流協会が日本で最初に導入します(グリーンバレー公式「アドプト・プログラム」、JFSジャパン・フォー・サステナビリティ、works-i 2013年取材)。「すき」な場所に「手」を入れると「すてき」になる、というコピーは、その後のグリーンバレーの活動全体を貫く考え方として、複数のインタビューで大南氏が繰り返し語ってきたものです。

自分たちで自分たちの町をきれいにする、ということを、行政に頼まずに住民でやってみる。それが始まりでした ── 大南信也氏(JBpress 2018年「世界が注目、『移住者を選ぶ』過疎の町」、works-i 2013年取材ほか、要旨)

2004年12月、神山町国際交流協会を発展解散するかたちで、特定非営利活動法人グリーンバレーが内閣府の認証を受けて設立されました。ミッションは「日本の田舎をステキに変える!」。グリーンバレー公式「イン神山」、ソーシャルビジネスモデル研究会、jutaku-sumai.jpなどの掲載文によれば、初期の事業は「国際交流」「アート」「環境」「移住・定住」の4分野に整理され、後年の「サテライトオフィス」「教育」事業は、この4本柱を土台にあとから増えていく構造になります。

設立期のグリーンバレーの特徴は、地方自治体の外郭団体としてではなく、住民起点のNPOとして発足した点にあります。神山町行政との連携は密ですが、町の予算で動く組織ではなく、自分たちで稼ぎ、自分たちで意思決定する団体として始まりました。後にサテライトオフィス誘致や神山まるごと高専のような「行政だけでは動かしにくい案件」を主導できたのは、この立ち位置があったからだと、JBpressや日経BP「新・公民連携最前線」が整理しています。


2. アーティスト・イン・レジデンスとワーク・イン・レジデンス

グリーンバレーが全国に名前を知られる最初の打ち手になったのが、1999年に始まった「神山アーティスト・イン・レジデンス」(以下KAIR)です(グリーンバレー公式「KAIRとは」、AIR_Jデータベース、AXISマガジン、京都芸術大学Air-uマガジン)。

KAIRは、国内外から年に2-3名のアーティストを神山町に招き、約2ヶ月の滞在期間中に町内で作品を制作・発表してもらうプログラムです。アーティストには宿泊先と制作場所が用意され、滞在中の作品は町内の野外や公共空間に残されます。1999年の第1回から続いており、AIR_Jや京都芸術大学の整理によれば、これまでに30ヶ国以上から100名を超えるアーティストが参加してきました。

KAIRの設計で重要だったのは、「作品を町に残す」「制作過程を町民に見てもらう」という、滞在型アートが本来持つはずの仕組みを、徹底して町の生活圏に開いた点です。グリーンバレー公式や手羽イチロウ氏のレポートnoteによれば、神山町の山中や道端、廃校跡、空き家などにKAIR作品が点在しており、町を歩くこと自体が「現代アートを見て回るツアー」になる構造ができあがりました。

KAIRをやって気がついたのは、外から人を呼ぶよりも、外から面白い人が来てくれる町に変わっていくほうが、結局は早いということ ── 大南信也氏(灯台もと暮らし「枠組みのない町」2015年、colocal 2012年取材ほか、要旨)

KAIRの蓄積は、2007年前後から「ワーク・イン・レジデンス」(WIR)というプログラムに姿を変えます(グリーンバレー公式、神山町公式「神山町への移住」、大和ハウス工業「サステナブルジャーニー」、総務省「神山ワーク・イン・レジデンス」資料、ザイマックス不動産総合研究所)。

WIRは、KAIRの「アーティスト版・滞在制度」を、職業選択の幅を広げて「町に必要な仕事の担い手」の移住に応用したプログラムです。神山町が「これから町に必要な業種・職種」を逆指名し、空き家を「パン屋希望者専用」「ビストロ希望者専用」のかたちで限定的に貸し出す、というかなり大胆な設計です。総務省の事例資料と神山町公式によれば、この逆指名方式から、ビストロ、カフェ、ベーカリー、ピザ屋、靴屋、惣菜店、ゲストハウス、コーヒー焙煎所などが神山町内で開業しました。

この「逆指名」発想は、地方自治体の移住政策が「来てくれる人なら誰でも歓迎」になりがちな状況の中で、町側が「町の将来のためにどんな職業の人が必要か」という設計図を先に書き、そこに人を当てはめていく作業です。グリーンバレーの大南氏が「KPI (重要業績評価指標)や目標値はいらない」(WirelessWire News 2019年「KPIや目標値はいらない。認定NPOグリーンバレー理事の大南信也氏が語る神山流の『地方創生』とは」)と語る姿勢の裏側には、量的目標ではなく質的な絵を先に描く、というWIR的な発想があります。

KAIRとWIRを通じて神山町に蓄積されたのは、「町外からの人材を、町の側が選んで招く」という関係構築の作法です。多くの地方自治体が「人口を増やしたい」という量的目標を設定するのに対し、神山町・グリーンバレーは「町に欠けている職能を補う人を、こちらから探して招く」という質的な人材設計に置き換えました。地方経営の参考事例として神山町が頻繁に参照されるのは、この「選んで招く」の作法が、規模に依らず再現できるからです。


3. Sansan神山ラボとサテライトオフィス誘致

グリーンバレーの取り組みが全国的なニュースになったのは、2010年10月、IT企業のSansan株式会社が築70年の古民家を借り受けてサテライトオフィス「Sansan神山ラボ」を開設したことが起点です(Sansan公式「Sansan神山ラボ」、Business Insider Japan、shushi architects公式、AXISマガジン、JBpress)。

Sansan創業者の寺田親弘氏は、三井物産勤務時代にシリコンバレーで見たエンジニアたちの働き方──自然の中で集中して開発し、家族との時間も持つスタイル──を日本でも実装したいと考えていました(Business Insider Japan、寺田親弘氏インタビュー、note「学びを変える」)。神山町への進出を後押ししたのは、グリーンバレーが整えていた3つの条件です。すなわち、(1)現地NPO法人グリーンバレーの伴走、(2)豊かな自然環境、(3)整備された高速インターネット環境(神山町は1990年代後半から町内全域に光ファイバーを敷設していた)です(Sansan公式、JBpress、ザイマックス不動産総合研究所)。

Sansan神山ラボの第一号オフィスのあと、2013年1月、Sansanは新棟ワークスペース「NAYA」を開所しました。古民家「OMOYA」を居住・滞在棟、納屋を改装した「NAYA」を執務棟として分離する設計は、子連れ社員の滞在問題を解いた工夫として、shushi architectsとAXISマガジンが詳述しています(Sansan公式 2013年1月プレスリリース、AXIS 2020年、TECTURE MAG)。

Sansanに続いたのが、2013年7月開所の「えんがわオフィス」(プラットイーズ運営)です(プラットイーズ公式、伊藤暁建築設計事務所、TECTURE MAG、TURNS)。築90年の古民家を改修し、長い縁側と全面ガラス張りの執務空間を備えた「開いて・つながる」をコンセプトにしたサテライトオフィスで、東京・恵比寿の本社と同じ放送コンテンツ制作・メタデータ管理業務を行う拠点として整備されました。

Sansanさんの後に、IT・映像系の会社が9社、神山町に拠点を置いた ── グリーンバレー側・神山町公式・wirelesswire 2019年「神山町はいかにして地方創生の聖地になったのか」(要旨)

2010年のSansan神山ラボから始まったサテライトオフィスの累計は、2024年時点で十数社規模に達しています。徳島サテライトオフィスプロモーションサイト(徳島県運営)、グリーンバレー公式「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」(KVSOC)、TechTime株式会社レポート、wirelesswire News取材によれば、神山町には Sansan(東京)、プラットイーズ(東京)、ダンクソフト(東京)、Kinetoscope(大阪)、株式会社モノサス、株式会社えんがわなど、IT、映像、デザイン、広告などの企業が拠点を置いてきました。グリーンバレーはこの誘致を、町の旧縫製工場跡を活用した「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス(KVSOC)」というシェアオフィスの運営を含むかたちで支援しています。

サテライトオフィス誘致は、神山町の社会動態にも影響を及ぼしました。神山町公式「人口と世帯数」、JA共済総合研究所レポート、IT media、cloud.watch impress「初の人口社会増、相次ぐ視察」によれば、神山町は2011年に過疎地域でありながら社会増を記録し、その後も社会動態でプラスを記録する年が複数回現れました。神山町の地域再生計画は社会動態+11人/年を目標値として掲げています(神山町公式PDF、2026年1月改訂版)。人口5,000人弱の町が、規模そのものではなく「移動の質」で語られるようになったのは、このサテライトオフィス誘致期の蓄積が大きいと、複数の取材が整理しています。


4. 神山まるごと高専(2023年4月開校)と神山つなぐ公社

グリーンバレーが20年かけて積み上げた「外と関わる回路」が、もっとも大きなかたちで結実したのが、2023年4月開校の「神山まるごと高等専門学校(神山まるごと高専)」です(神山まるごと高専公式、JBpress、Business Insider Japan、東洋経済オンライン、SUUMOジャーナル、コクリコ「20年ぶりの新設校」、慶應「三田評論」、Sansan公式)。

神山まるごと高専は、文部科学省認可の高等専門学校としては約20年ぶり、私立としては高度経済成長期以来の新設校です(JBpress、コクリコ、Business Insider Japan)。発起人は神山町出身ではなく、Sansan株式会社創業者の寺田親弘氏──つまり、2010年に神山ラボを開設したサテライトオフィス第1号企業の経営者です。寺田氏は、グリーンバレーの大南氏らと10年以上の関係を積み上げる中で、「神山町に高専を作る」という構想を温めてきたと、JBpress連載「神山まるごと高専の10年物語」(2022年)、Business Insider Japan「Sansan創業者が仕掛ける『神山まるごと高専』が2023年4月に開校決定」(2022年)、note「探究メディアQ・学びを変える」(寺田親弘氏インタビュー)などが詳述しています。

5年制・1学年40人・1学科(デザイン・エンジニアリング学科)という小さな高専で、教育の柱は「テクノロジー×デザイン×起業家精神」(神山まるごと高専公式、知財図鑑、先端教育オンライン)。寺田氏が理事長を務める学校法人神山学園が運営しています。

学費の設計が特異です。神山まるごと高専は、Sansanや創業者個人からの拠出を含めた民間11社からの約100億円の奨学金基金を立ち上げ、希望する学生全員に対して年間学費相当(約200万円)の給付型奨学金を5年間支給するという設計を取りました(神山まるごと高専公式「奨学金基金」、Sansan公式 2023年3月「Sansanと創業者の寺田親弘、神山まるごと高専の奨学金基金へ拠出・寄付を実行」、PR TIMES、日経クロストレンド「100億円集めて開校した神山まるごと高専」)。実質的に学費無料の私立高専という前例の少ない構造です。

2023年4月の第1期入試では、定員40名に対し、推薦12.3倍・一般6.6倍、合計9.1倍の応募が集まり、44名が入学しました(JBpress、日本経済新聞2023年2月「神山まるごと高専、1期生44人合格 倍率9倍」、神山まるごと高専公式)。2024年4月の第2期生入試でも全国の進学校から受験生が集まり、東京の進学校を辞退して神山まるごと高専を選んだ学生が複数生まれたと、SUUMOジャーナル(2024年4月「神山まるごと高専2年目」)が伝えています。

この高専が成立した背景には、グリーンバレーが20年以上かけて整えてきた前提条件があります。すなわち、(1)アーティスト・イン・レジデンスとワーク・イン・レジデンスを通じた「外から面白い人が来る町」という認知、(2)Sansanを起点としたサテライトオフィス誘致による「町の中に第一線の企業が常駐している」という環境、(3)2016年4月設立の一般社団法人神山つなぐ公社(神山町とグリーンバレーが共同で設立、町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」の実働部隊)による、住まい・食・教育の連動した受け皿設計、です(神山つなぐ公社公式、神山町公式「まちを将来世代につなぐプロジェクト v.3.0」2026年1月版、Wikipedia)。

特に神山つなぐ公社の動きは、高専と並走するインフラとして重要です。同公社は、町産材を使った木造の「大埜地(おのじ)の集合住宅」(全20戸、子育て世代向け賃貸住宅)を2017年から開発し、greenz.jp「あたりまえであたらしい大埜地集合住宅」(2017年)、博報堂「センタードット」、SUUMOジャーナル(2021年)などで紹介されてきました。並行して、2016年4月、神山町・神山つなぐ公社・株式会社モノサスが出資する株式会社フードハブ・プロジェクトが設立され、「地産地食」を掲げて食堂「かま屋」とパン屋「かまパン&ストア」、農業の担い手育成事業を始めました(フードハブ・プロジェクト公式、料理通信、JA共済総合研究所レポート2024年)。フードハブ・プロジェクトはグッドデザイン賞2018年の金賞を受賞しています。

グリーンバレー自身は、2024年5月の通常総会で、設立期から長く理事長を務めてきた大南信也氏から、粟カフェ代表で2010年に神山町に移住した中山竜二氏への理事長交代を発表しました(グリーンバレー公式「グリーンバレーは今年度から新しい理事長を迎えます」2024年5月)。大南氏は理事として引き続き活動に関わる体制です。設立期からの中心人物が、外から移住してきた次世代に組織の代表を渡したこの動きは、グリーンバレー自身が長く語ってきた「外から来た人材を町の側が選んで招く」という作法の自己適用としても読めます。


5. 編集視点:神山町・グリーンバレーから取り出せるもの

グリーンバレーの30年余りの蓄積から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。

  1. 小さな国際交流から始める グリーンバレーの源流は、1991年の「青い目の人形」里帰りという、地域経済とも産業政策とも一見つながらない国際交流プロジェクトでした。当時PTA役員だった大南氏らが、町と海外を結ぶ細い回路をまず作ったことが、後のアーティスト・イン・レジデンス、サテライトオフィス誘致、神山まるごと高専に至る「外と接続するための筋肉」を町に残しました。地方の事業計画が産業誘致やふるさと納税から入りがちな中で、神山町の歩みは「文化交流を最初の梃子にする」という別の道筋を示しています。

  2. アートと仕事を同じ設計で扱う(KAIRからWIRへ) 1999年のKAIR(アーティスト・イン・レジデンス)で蓄積された「外から人を招く設計」を、そのまま「町に欠けている職能を逆指名で招くWIR(ワーク・イン・レジデンス)」に転用したのが、神山町の特徴です。多くの自治体が文化事業と移住政策を別予算・別部署で扱う中、グリーンバレーは「外から人を招くオペレーションそのものは同じ」という前提で2つを地続きに設計しました。地方の経営資源が薄い地域で、限られたノウハウを横展開して効率を上げる作法の参考事例になります。

  3. 第1号企業との10年付き合いが、20年後の高専を生んだ 2010年のSansan神山ラボ開設は単発の企業誘致ではなく、Sansan創業者・寺田親弘氏と神山町・グリーンバレーの長い関係の入口でした。その10年余り後に同じ寺田氏が神山まるごと高専の発起人・理事長になり、Sansanと寺田氏個人が約100億円規模の奨学金基金に拠出する流れにつながります。地方の企業誘致がしばしば「拠点を置いたら終わり」の単発取引で終わるのに対し、神山町の場合、第1号企業との関係を継続的な共同事業に変えていきました。「最初に来てくれた企業と、20年単位で何を作るか」を考えることは、地方の企業誘致を再設計する上での参考になります。

  4. NPO/社団/株式会社/学校法人を、町の中で並走させる 神山町は、NPO法人グリーンバレー(2004年)、一般社団法人神山つなぐ公社(2016年)、株式会社フードハブ・プロジェクト(2016年)、学校法人神山学園(神山まるごと高専、2023年開校)を、20年余りかけて層を重ねるように設立してきました。法人格を使い分けながら、「公共性が必要な事業はNPOや社団で、収益が必要な事業は株式会社で、教育事業は学校法人で」という機能分担が、人口5,000人弱の町の中で成立しています。地方自治体や地域団体が「1つの法人で全部やろうとして詰む」事例が多い中で、神山町の組織設計は再現性のある参考になります。

  5. 代表交代を、設立期から織り込んでおく 2024年5月、グリーンバレーは大南信也氏から中山竜二氏(2010年に移住、粟カフェ代表)への理事長交代を発表しました。設立期からの中心人物が、外から来た次世代に組織の代表を渡したこの動きは、グリーンバレーが20年以上語ってきた「外から人を招く」作法を、自分の組織の中で実装したものとして読めます。地方の団体・企業が「設立者が動けなくなって組織が止まる」リスクを抱えがちな中で、外部人材の取り込みと内部育成を最初から並走させる発想は、地方の事業承継論にとっても再現可能なパターンです。


本事例から見える経営とマーケティングの学び

神山町・グリーンバレーの物語は、「人口5,000人を切った中山間地が、自分たちの町を『外と関わり続ける町』として再設計した30年余りの試み」として読めます。重要なのは、これが単発の補助金プロジェクトの寄せ集めではなく、「青い目の人形→アドプト・プログラム→KAIR→WIR→サテライトオフィス→神山つなぐ公社→神山まるごと高専」という連続した1本の線として連結されている点です。地方の企業や自治体が、リソースもブランドも薄い状態から長期の成長を作るとき、神山町の歩みは「最初の小さな外部接続をきちんと完了させて、そこからの関係を20年単位で延ばしていく」という、地方経営にとってきわめて再現性の高い参考になります。


関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン

本事例の学びと共通する、グロースマガジン(https://lgstudio.jp/magazine/)の解説記事を2本紹介します。

1. 地方経営者、地方人材向け:スタートアップとは何か?

共通点: グリーンバレーが30年余りかけて「青い目の人形→KAIR→サテライトオフィス→神山まるごと高専」と非連続な打ち手を連結してきた歩みは、本記事が整理する「スタートアップ的成長」の地方版として読めます。営利企業ではないNPOが、人口5,000人弱の町を舞台に、小さな実験を重ねて指数関数的に注目を集めていく動き方は、本記事の「市場の前提を作り変える」というスタートアップ的発想の、地方創生における実装例として参照できます。

2. 地方企業と、スタートアップの類似点と相違点

共通点: グリーンバレーがSansan(2010年の神山ラボ第1号、2023年の神山まるごと高専理事長)、プラットイーズ、モノサス、フードハブ・プロジェクトなど、外部のスタートアップ的企業と20年単位で並走しながら町の事業群を組み上げてきた構造は、本記事が扱う「地方とスタートアップの類似点と相違点」の応用編です。自治体×NPO×スタートアップ×学校法人を機能分担で動かす神山町の組織設計は、地方経営者・地方人材がスタートアップとの連携モデルを取り込む際の参考になります。


出典


※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

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