グローススタジオレポート

地方企業の成長事例

「葉っぱビジネス」が30年で作った高齢者×ITの地域マーケティング

人口1,400人台・高齢化率5割超の山あい・上勝町の高齢者がITで「つまもの」を全国出荷し、年商2億円規模の地域産業を作った、自治体・JA連携型の地方マーケティングの原型事例

企業概要(公開情報)

企業名
株式会社いろどり
所在地
徳島県勝浦郡上勝町
代表者
粟飯原啓吾(2代目代表取締役社長・2025年6月就任) / 横石知二(初代代表取締役社長・1999年法人化〜2025年8月)
設立
1999年
業種
農業/つまもの卸/地域商社
従業員数
非公開(複数の公開取材記事と公式発表をもとに、町出資の第三セクターとして少数精鋭で運営)
本記事の公開情報
2026-05-18 公開 / 出典 26本 / 本文約5,900字

今回取り上げるのは、徳島県勝浦郡上勝町の株式会社いろどりです。上勝町は四国の中でいちばん人口の少ない町で、2024年4月1日時点の人口は1,368人、高齢化率は5割を超えると徳島県と国土交通省の資料に記載されています。この山あいの過疎の町から、料理に添える葉や花(つまもの)を全国の料亭・市場に出荷し、最盛期で年商2億6,000万円規模の事業に育てたのが、株式会社いろどりです。事業の発端は1986年、当時の上勝町農業協同組合(JA勝浦郡上勝)で営農指導員を務めていた横石知二氏(1958年徳島市生まれ)の発案で、1999年4月2日に町・JAなどが出資する第三セクターとして法人化されました。

本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下3点を整理します。

  • Wikipedia
  • nippon.com
  • 東洋経済オンライン
  • テレビ東京「カンブリア宮殿」
  • 徳島新聞
  • 沖縄タイムス
  • 日本経済新聞
  • 日経ビジネス
  • 日経ビジネス電子版Special
  • タナベコンサルティング「TCG REVIEW」
  • NTT東日本「BizDrive」
  • ほぼ日刊イトイ新聞
  • 事業構想オンライン
  • NTT東日本Lumiarch
  • 農林水産省「農山漁村ナビ」
  • JNTO(日本政府観光局)
  • 株式会社いろどり公式サイト
  • 上勝町公式サイト
  • 上勝町ゼロ
  • ウェイストポータルサイト
  • 書籍『そうだ
  • 葉っぱを売ろう!』(横石知二著、ソフトバンククリエイティブ)
  1. みかんが凍る冬から始まる気づき──横石氏の入町と「つまもの」発案
  2. 何を作ったか──料亭との関係、第三セクター化、上勝情報ネットワーク
  3. 年商2億円・高齢化率5割の町・ゼロ・ウェイスト宣言、そして2代目社長への引き継ぎ

1. みかんが凍る冬──横石氏の入町と「つまもの」発案

上勝町は、徳島県の中部・吉野川支流の勝浦川上流域にある山あいの町で、町域の約88%を森林が占めています(出典:国土交通省「徳島県上勝町における地方創生に向けた交通の取り組み」、上勝町公式サイト、JNTO地域取り組み事例ページ)。林業で栄えた1950年の人口は6,356人でしたが、2024年には1,400人前後にまで減少しました。

株式会社いろどり創業の前史は、この上勝町の基幹産業の崩壊から始まります。

横石知二氏は1958年、徳島市に生まれました。徳島県農業大学校を1979年に卒業し、上勝町農業協同組合(当時)に営農指導員として入組します。NTT東日本「BizDrive」のインタビュー記事と講演エージェント各社の公開プロフィールによれば、横石氏が上勝町に着任した直後の1981年2月、観測史上類を見ない寒波が町を襲い、当時の基幹作物だったみかんの木のほとんどが枯死しました。輸入自由化のあおりも受け、上勝町の農業は基盤を失います。

横石氏は当初、みかんに代わる作物としてシイタケ栽培を高齢農家に奨めましたが、重い原木を運ぶ作業は高齢者・女性の体力では負担が大きく、後継作物としては定着しませんでした。日経ビジネス電子版Special「脚光をあびた”葉っぱビジネス”の今!」(日経BP)や、nippon.com「おばあちゃんたちが主役の『葉っぱビジネス』で年商2億円超え」(2022年公開)では、横石氏が高齢者・女性が無理なく取り組める軽労作物を探して5年かかったと紹介されています。

転機は1986年、横石氏が28歳のときに大阪の料亭で「つまもの」に出会った場面として、複数の取材で繰り返し語られています。

大阪の寿司店で、お客の若い女性が紅葉の葉を「きれい」と言いながら懐紙に包んで持ち帰った場面を見て、「これだ」と思った ── テレビ東京「カンブリア宮殿」2008年7月28日放送回・株式会社いろどり代表取締役 横石知二氏(要旨)

つまものとは、和食の器に季節感を添える葉や花、山菜のことです。紅葉、青もみじ、南天、ゆずり葉、笹、桜の葉など、料亭が必要とするのは「綺麗な形と色」を保ったまま少量・多品目で出荷される葉物で、当時は流通の主役ではなく、料亭が自前で調達する周辺品目でした。横石氏の発案は、これを上勝町の山に自生する葉や、農家の庭先で育てる葉から商品化するという、いま振り返ると地域マーケティングの原型に当たる発想です。

ここでの事業立ち上げの気づきは、3つに整理できます。

第1は、地域に「値段がついていない資源」を見つける目線です。上勝町の山には、紅葉や南天が無償でいくらでも生えていました。それを「つまもの」という需要先と結びつけたことで、はじめて商品になりました。第2は、軽労作物の必要性を高齢者・女性の体力という現場制約から逆算した点です。第3は、料亭という需要側に通って「正確な用途とニーズ」をつかむ作業を、横石氏自身が自費で5年単位の時間をかけて積み上げたことです。書籍『そうだ、葉っぱを売ろう!』(横石知二著、ソフトバンククリエイティブ、2007年)の前半は、この時期の試行錯誤の記録に充てられています。


2. 料亭通いとブランド「彩」──最初の販売と価格決定権の獲得

1986年、横石氏は上勝町産の葉や花を「彩(いろどり)」というブランド名で、JA経由で京都・大阪の料亭に向けて出荷し始めます(出典:Wikipedia「いろどり」、株式会社いろどり公式サイト、農林水産省「農山漁村ナビ」事例ページ、横石知二氏講演プロフィール)。

ただし、当初は思うように売れませんでした。Wikipedia「いろどり」の沿革記述と『そうだ、葉っぱを売ろう!』によれば、横石氏が市場に出した葉物は、具体的な使途を把握しないまま出荷していたため、料亭が必要とする季節・サイズ・色味と合わず、赤字が続いたと伝えられています。

横石氏が取った打ち手は、現代のマーケティングの言葉でいえば徹底した「顧客解像度の引き上げ」でした。

横石氏は自費で京都・大阪の料亭に通い、つまの用途と需要を直接聞き取った ── Wikipedia「いろどり」沿革(複数の公開取材記事の要約)

料亭の板場で「これは10月のどの週に欲しい」「この南天はもう少し葉が小さい方がいい」といった具体的な要件を聞き取り、それを上勝町の生産農家に翻訳して伝える──横石氏が農協職員として担ったのは、市場と山あいの集落のあいだの「翻訳者」の役割でした。これにより、上勝町の葉物は「自然に生えているもの」から「料亭の発注に合わせて育てる商品」へと、性格を変えていきます。

横石氏のキャリアも、この時期を境に動きます。徳島県の公開資料および講演エージェント各社のプロフィールによれば、横石氏は1991年に農協の特産品開発室長に就任、1996年に上勝町に転籍して産業情報センターと第三セクター準備の責任者となり、1999年4月2日の株式会社いろどり設立とともに同社の責任者に就任しました。2002年に役場を退職し、いろどり取締役、2005年5月に代表取締役副社長、2009年5月に代表取締役社長に就いています。

ここでの経営者の気づきは、2つに整理できます。

第1は、地方の一次産品が、市場ではなく顧客と直接つながったときに価格決定権を持てるようになる、という構造的な発見です。料亭からの発注情報を持っているのは、いろどりという1社だけ。生産者は「市場価格に翻弄される供給者」ではなく、「いろどりからの注文書を受けて出荷する事業者」に立ち位置を変えました。第2は、この座組を成り立たせるためには「自治体・JA・第三セクター」という3者連携が不可欠だったという点です。役場が住民との関係を、JAが生産者組織を、いろどりが市場との関係を担うという役割分担を、20年以上かけて整えていきました。


3. 上勝情報ネットワーク──高齢者がパソコンとタブレットで受注する仕組み

いろどりの事業を語るうえで欠かせないのが、「上勝情報ネットワーク」というITシステムです。日経ビジネス電子版Special「脚光をあびた”葉っぱビジネス”の今!」、NTT東日本「BizDrive」、Wikipedia「いろどり」、いろどり公式サイト「事業紹介」によれば、その全体像は次のように整理できます。

  • 受注情報、市場情報、需要予測、出荷ランキング、栽培管理情報を毎日更新するシステム
  • 当初は高齢者でも操作しやすいよう設計された専用の「POSパソコン」で運用
  • 後年はタブレット端末に移行し、画面拡大などのアクセシビリティを担保
  • 操作はメニュー押下中心で、キーボード入力を最小化
  • 高齢者の生産者が毎日、自宅で受注情報を確認し、その日の出荷を決められる

このITシステムが画期的だったのは、機能ではなく「運用設計」のほうです。たとえば、出荷ランキングが個人別に毎日表示される設計は、生産者が「他のおばあちゃんの売上順位」を見られるようにし、自分の順位を上げようとする健全な競争を生み出しました(出典:日経ビジネス電子版Special、Wikipedia「いろどり」)。

POSシステムで上勝町の生産者の売り上げ順位を見られるようにすることで、モチベーションを上げることに成功した ── 日経ビジネス電子版Special「脚光をあびた”葉っぱビジネス”の今!」(日経BP、要旨)

ここでの「マーケティング」は、生産現場の動機づけそのものを情報設計で組み替える作業です。一般に、高齢者向けの業務にIT端末を導入すると、現場の抵抗で形骸化することが多い領域ですが、いろどりは「使いやすい端末」と「使いたくなるダッシュボード(売上順位)」をセットで提供することで、高齢者の生産者が自発的に端末を使う構造を作りました。

東洋経済オンライン「落ち葉で『年間2億6000万円稼ぐ』徳島企業の実態 人口1500」、nippon.com「おばあちゃんたちが主役の『葉っぱビジネス』で年商2億円超え」(2022年)、NewsPicks「売り上げ1000万円のおばあちゃんも。葉っぱビジネスで地域再生」では、年収1,000万円を超える女性生産者の存在が紹介されてきました。生産者の主役は70歳以上の女性が中心で、近年の取材時点では145軒前後が出荷に参加していると伝えられています(出典:nippon.com 2022年、Lumiarch 2025年)。生産者件数は別の取材では約200件・平均年齢約75歳と紹介されており、時期によって表現が揺れている点には注意が必要です。

ここでの経営者の気づきは、3つに整理できます。

第1は、地方の高齢者にITを使ってもらう前提として、「習熟コストを下げる端末選定」と「使うと得をする仕組み」を同時に設計しないと続かない、という運用上の学びです。第2は、ITは生産管理ツールではなく、現場のモチベーション設計の道具として位置づけられる、ということ。第3は、いろどりが「サービス事業者」として、農家(JAの組合員)に対して情報基盤を提供する形を取ったことで、生産者と市場の力関係を組み替えたことです。


4. 年商2億円、農家145軒、つまもの市場8割シェア──定量で見るいろどり

いろどりの定量的な実績を、複数の公開取材から整理すると、次のようになります。

  • 年商:葉類の年商は最盛期で2億6,000万円(出典:nippon.com 2022年、東洋経済オンライン 2021年「落ち葉で『年間2億6000万円稼ぐ』徳島企業の実態」、Wikipedia「いろどり」)
  • コロナ禍の落ち込みと回復:2020年度は約1億5,000万円、2024年度には約2億6,000万円水準に回復(出典:日本経済新聞 2023年「徳島・上勝のいろどり、葉っぱビジネス『コロナ前』に回復へ」、Lumiarch 2025年)
  • 生産者数:近年の取材時点で145軒前後、別取材では生産者件数約200件・平均年齢約75歳(出典:nippon.com 2022年、Lumiarch 2025年、minorasu「『はっぱビジネス』とは?」)
  • 取り扱い品目:約320種類のつまもの(出典:カク・イチ「葉っぱビジネスとは」、株式会社いろどり公式サイト)
  • 市場シェア:つまもの市場の約8割(出典:カク・イチ、複数の二次資料)
  • 取引範囲:JAを通じて北海道から九州まで全国出荷

これらの数値が示しているのは、いろどりが「過疎の町の社会実験」ではなく、つまものという食品流通の特定カテゴリ内で全国シェア上位を取り続けてきた事業者だ、という事実です。

葉類の年間売上は2億6,000万円に達する ── nippon.com「おばあちゃんたちが主役の『葉っぱビジネス』で年商2億円超え」(2022年、要旨)

上勝町自体の変化も併走しました。2003年9月19日、上勝町議会は日本の自治体として初の「ゼロ・ウェイスト宣言」を採択し、2020年までに焼却・埋め立てごみをゼロにする目標を打ち出しました(出典:上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト「ゼロ・ウェイスト宣言2003」、JNTO「持続可能なまちづくり『ゼロ・ウェイスト』が人を呼び、観光地としての魅力に」、nippon.com「リサイクル率100%の『ゼロ・ウェイストタウン』を目指す」)。2020年時点でリサイクル率80%超を達成しています。

葉っぱビジネスとゼロ・ウェイストは、別系統の取り組みのように見えますが、地域住民の主体性を引き出すという1点でつながっています。横石氏自身が複数の取材で、「お年寄りが元気に活躍すること、山をきれいにしていくことが持続可能な社会づくりにつながる」と語っており(出典:nippon.com 2022年、サステナブル・ブランド ジャパン)、いろどりの葉っぱビジネスは、上勝町のサステナビリティ施策全体の経済的な裏付けにもなっています。

業界外からの評価としては、横石氏は2007年7月、Newsweek日本版「世界を変える社会起業家100人」に選出され、2002年アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本大会特別賞、2005年日経情報化大賞CANフォーラム賞、2005年フィランソロピー大賞特別賞、2017年Forbes JAPAN「日本を元気にする88人」などに名前を連ねています(出典:講演エージェント各社の公開プロフィール、Forbes JAPAN)。葉っぱビジネスを題材にした映画『人生、いろどり』(2012年、御法川修監督、主演:吉行和子・富司純子・中尾ミエ)も公開されました(出典:Wikipedia「人生、いろどり」、映画.com)。


5. 経営フレーズと哲学──「喜んでもらえる出口」と「誰もが主役になれる町」

横石氏の経営スタイルとして取り上げられることが多いのが、「喜んでもらえる出口」「人は誰でも主役になれる」「地域にあるものこそが宝」というフレーズです(出典:タナベコンサルティング「TCG REVIEW『成功のキーワードは喜んでもらえる出口:いろどり』」、NTT東日本「BizDrive」インタビュー、講演エージェント各社の公開プロフィール、ほぼ日刊イトイ新聞「葉っぱをお金に変えた人。」)。

このフレーズは煽り文句に聞こえやすいので、丁寧に分解しておきます。

  • 「喜んでもらえる出口」:商品の出荷先は市場(競り)ではなく、料亭・飲食店という最終消費者の手前まで具体的に想像できる相手にする、という意味
  • 「人は誰でも主役になれる」:葉っぱビジネスの主役は社長や農協職員ではなく、毎日山に分け入って葉を選別する高齢者の生産者である、という意味
  • 「地域にあるものこそが宝」:外から技術や資本を持ち込まなくても、町の中に値段がついていない資源があれば、それを起点に事業を作れる、という意味

地方の一次産業のマーケティングは、しばしば「ブランドコンセプト」や「6次産業化」という言葉で語られますが、いろどりのフレーズはすべて生産現場の作業に直接接続する短い言葉です。横石氏は講演テーマとして「笑顔の町づくり〜葉っぱを売って事業にする!」「誰もが主役になれる町づくり」「“住んでよかった”と思えるまちづくり」を掲げてきました(出典:講演エージェント システムブレーン、スピーカーズ.jp、ワールド企画ほか公開プロフィール)。

ここでの横石氏の特徴は、(1)地域住民に対しては「主役になれる」という言葉で日常の労働を意味づけし、(2)料亭・市場に対しては「喜んでもらえる出口」という言葉で品質基準を絞り込み、(3)自治体・JA・第三セクターの3者には「地域にあるものを使う」という共通言語を提供する、という3層の関係設計を、30年以上かけて言語化してきたことにあると整理できます。

事業構想オンライン「『葉っぱビジネス』の仕掛け人が語る、高齢者活用の重要性」(2015年10月)では、横石氏が「高齢者は労働力ではなく、町の主体である」という認識を強調しています。地方企業の経営者が「人材不足」を解く議論をするとき、外部から人を採るか、若手を育てるかの二択になりがちですが、いろどりの場合は「すでに町にいる高齢者の活躍可能性を引き上げる」という第3の道を選びました。


6. 2代目社長への引き継ぎ──「歩みを止めるわけにはいかない」

2025年8月8日、株式会社いろどり初代代表取締役の横石知二氏が、すい臓がんのため徳島市内の病院で逝去されました(享年66、出典:株式会社いろどり「前代表取締役 横石 知二 訃報のお知らせ」2025年8月9日、徳島新聞「横石知二さん死去 上勝で葉っぱビジネス 66歳」、沖縄タイムス「[訃報]横石 知二さん 葉っぱビジネス創業」、四国新聞、山陽新聞)。8月8日は同社が「葉っぱの日」と位置づける日付でもあり、横石氏の生涯と葉っぱビジネスの象徴的な符合として複数のメディアが報じています。

すでに同年6月、いろどりは社長交代を済ませていました。2代目代表取締役社長に就いたのは、1989年大阪府高槻市生まれの粟飯原(あいはら)啓吾氏です(出典:徳島新聞「いろどり(上勝町)の2代目社長が奔走『歩みを止めるわけにはいかない』」、徳島県公式サイト「面会 粟飯原 啓吾 (株)いろどり代表取締役社長、花本 靖 上勝町長 他」、いなかパイプ「株式会社いろどり インターンシップ事業担当 粟飯原 啓吾」、Lumiarch「葉っぱビジネスで町おこし。上勝町の40年の物語と、新代表が語る課題とこれから」2025年11月公開)。

粟飯原氏は2011年、内閣府が当時実施していた「地域密着型インターンシップ」制度で、いろどりの2か月の研修に参加しました。研修終了前日に当時社長の横石氏から「会社に入らないか」と声をかけられたことをきっかけに、上勝町に移住して社員となり、その後14年間、移住促進事業やインターンシップ受け入れを担当してきたと、徳島新聞および徳島県公式サイトが伝えています。

ここでのいろどりの社長交代は、世襲ではない「外部移住者の社内承継」というかたちです。本シリーズで取り上げてきた能作(富山)・中川政七商店(奈良)・黒龍酒造(福井)のような家業の世襲承継、ヤッホーブルーイング(長野)のような親会社系列内の外部任用、ヘラルボニー(岩手)・マイファーム(京都)のような新規創業とは別系統で、「町出資の第三セクターが、移住者として入社した社員を、14年かけて2代目社長に育てた」という、地域マーケティング企業らしい承継パターンとして読めます。

歩みを止めるわけにはいかない ── 徳島新聞「いろどり(上勝町)の2代目社長が奔走」(2025年、要旨)

粟飯原氏が直面している論点も、複数の取材記事から整理できます。Lumiarch(2025年11月)、NewsPicks(2024年「売り上げ1000万円のおばあちゃんも。葉っぱビジネスで地域再生」)、minorasu(BASF「『はっぱビジネス』とは?」)、日本経済新聞(2023年)は、いずれも次の点を共通の課題として伝えています。

  • 生産者の高齢化がさらに進み、後継農家の確保が緊急の経営課題になっていること
  • 平均単価が高い時期と比べて、つまもの市場全体の単価が下がりつつある時期があり、年商水準の維持には新規生産者の獲得と新商品開発の両輪が必要なこと
  • 葉っぱビジネスのモデルを上勝町以外の地域へどう横展開するか(同社は沖縄の離島支援などに講師派遣・研修プログラムを提供してきた経緯がある。出典:森林文化協会「葉っぱビジネス拡大 第三セクター『いろどり』が沖縄の離島支援」、株式会社いろどり「各種研修」ページ)

7. 編集視点:自治体・JA連携型の地域マーケティングの作法

いろどりの事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。

  1. 「値段がついていない地域資源」を最初に商品化するのが、地方マーケティングの起点になる 上勝町の山に自生していた紅葉や南天は、いろどりが現れるまで誰も商品として扱っていませんでした。横石氏は、それを料亭側の「つまもの」需要と結びつけることで、ゼロから商品カテゴリを起こしました。地方企業の成長戦略を考えるとき、まず棚卸しすべきは設備や人材ではなく、「すでに地域にあるが値段がついていないもの」のリストかもしれません。

  2. 顧客解像度を上げる作業は、社長(または事業責任者)自身が現場に通って引き受ける 横石氏は1986年から自費で京都・大阪の料亭に通い、つまの用途と季節要件を直接聞き取りました。地方の一次産業がマーケティングを語るとき、外部のコンサルタントに調査を委ねるのではなく、社長自身が需要側の現場に足を運ぶ作法のほうが、長期的には事業の地力になります。

  3. ITは生産管理ツールではなく、現場の動機づけ装置として設計する 上勝情報ネットワークの肝は、受発注機能ではなく、出荷ランキングを毎日全員が見られる構造でした。70代の生産者がタブレット端末を自分から開く動機を、技術習熟ではなく「自分の順位を上げたい」という人間的な動機に置き換えた点が、地方企業のIT導入論として参考になります。

  4. 「自治体・JA・第三セクター」の3者連携が、地方マーケティングの実装可能領域を広げる いろどりは、町出資の第三セクターという法人形態を選びました。住民の合意形成は役場、生産者組織はJA、市場との関係は会社、という役割分担が30年単位で機能してきたことが、年商2億円規模の維持を可能にしました。地方発の事業を作るときに、株式会社単独で完結させない設計の選択肢が、ここに記録されています。

  5. 承継は家業の世襲だけではない──「移住者の社内承継」というパターン 粟飯原啓吾氏は、創業家でも町の出身でもなく、インターンシップで上勝町に来た2011年の移住者です。14年間かけて社内で経験を積み、横石氏から職務を引き継いだ流れは、地方の第三セクターや地域商社の承継設計を考えるうえで、参考になるパターンの1つです。


本事例から見える経営とマーケティングの学び

いろどりの物語は、人口1,400人台・高齢化率5割超の山あいの町が、「料理に添える葉」という小さな商品カテゴリを起点に、JAと自治体と第三セクターの3者連携で年商2億円規模の地域産業を作り上げた、自治体・JA連携型の地方マーケティングの原型事例として読めます。重要なのは、農協職員だった横石知二氏が、1981年のみかん壊滅から5年かけて軽労作物を探し、1986年に大阪の料亭で「つまもの」と出会い、その後1999年の法人化までさらに13年かけて事業の地面を作ったことです。地方企業の成長は、外から持ち込んだ手法ではなく、自社が立っている地面の解像度を上げる作業から始まります。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、いろどりの歩みは「町の中に値段がついていない資源は何か」「それを誰の喜びにつなげるか」を考えるための学びになります。横石氏の急逝を経て、2代目社長・粟飯原啓吾氏のもとで進行している「葉っぱビジネスの次の40年」も、引き続き地方マーケティングの参考事例として注目されます。


関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン

本事例の学びと共通する、グロースマガジン (https://lgstudio.jp/magazine/) の解説記事を2本紹介します。

1. 地方企業/スタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略

共通点: 本事例でいろどりが選んだ「市場(競り)ではなく、料亭という最終消費者の手前まで顔の見える出口に商品を届ける」打ち手は、本記事の「戦わない戦略」のフレームに正確に対応しています。広告予算もブランドも持たない山あいの過疎地が、巨大な青果市場で勝負するのではなく、料亭という独自の需要チャネルを自分で組み立てて価格決定権を握ったプロセスは、低リソース・ブランド無しの環境で「戦わない場所」を選ぶ意思決定そのものです。

2. 地方企業と、スタートアップの類似点と相違点

共通点: 本事例の「町に値段がついていない資源(紅葉や南天)を新しいカテゴリの商品に作り変え、上勝情報ネットワークというITで生産現場の動機づけまで設計し直した」プロセスは、本記事が整理する「地方企業がスタートアップ的な成長を作る」典型例として読めます。第三セクターという制約条件のもとで、自治体・JA・株式会社の3者連携でゼロから商品カテゴリと流通を立ち上げた点は、ブランドもリソースも薄い状態から事業を作るスタートアップの作法と地続きです。


出典


※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。生産者数・年商は取材時期によって表記が揺れているため、本文では時期ごとの表記を尊重しました。引用文は複数取材の要旨をもとに再構成した箇所があり、公開前に原文表現の最終確認の余地があります。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

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