グローススタジオレポート

地方企業の成長事例

双子兄弟が描いた知的障害アート×地方発ブランドのグローバル展開

双子兄弟の新規創業が、岩手という地方発で知的障害アーティスト作品をブランドに変え、LVMHイノベーションアワード・Forbes JAPANカルチャープレナーなど世界の文脈に乗せた地方企業の成長事例

企業概要(公開情報)

企業名
株式会社ヘラルボニー
所在地
岩手県盛岡市
代表者
松田崇弥(代表取締役社長CEO) / 松田文登(代表取締役副社長COO)
設立
2018年
業種
アート/ファッション/ライセンスビジネス
従業員数
非公開(複数の取材記事で「社員数十名規模」と表記)
本記事の公開情報
2026-05-18 公開 / 出典 18本 / 本文約5,800字

今回取り上げるのは、岩手県盛岡市に本社を置く株式会社ヘラルボニー(HERALBONY Co., Ltd.)です。2018年7月、双子の松田崇弥氏(代表取締役社長CEO)と松田文登氏(代表取締役副社長COO)が「異彩を、放て。」をミッションに掲げて創業した、知的障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、作品をプロダクト・空間・体験へと展開する「福祉実験ユニット」です。2024年5月、世界1,545社からファイナリスト18社に選ばれた「LVMH Innovation Award 2024」で日本企業初の部門賞(Employee Experience, Diversity & Inclusion)を受賞し、同年9月にはフランス・パリのスタートアップ集積施設「Station F」に拠点を構え、子会社「HERALBONY EUROPE」を設立しました。2025年3月には盛岡・川徳百貨店に旗艦店「HERALBONY ISAI PARK」が開業しています。

本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下3点を整理します。

  • Forbes JAPAN
  • 日本経済新聞
  • 日経クロストレンド
  • 日経BizGate
  • WWDJAPAN
  • ニューズウィーク日本版
  • nippon.com
  • 経済産業省 METI Journal ONLINE
  • 東洋経済オンライン
  • Business Insider Japan
  • 岩手日報
  • 河北新報
  • 繊研新聞
  • 日本政策金融公庫
  • PR TIMESプレスリリース
  • ヘラルボニー公式「100年史」「note」
  1. 創業の前夜──自閉症の兄と「るんびにい美術館」が双子兄弟に手渡した問い
  2. 何を作ったか──ライセンスモデルとブランド設計、そして事業ラインの広がり
  3. 結果と次の手──LVMH・パリ進出・旗艦店「ISAI PARK」と、その先の100年構想

1. 創業の前夜──兄・翔太と「るんびにい美術館」のエネルギー

松田崇弥氏と松田文登氏は1991年、岩手県北上市生まれの双子です。2人には4歳年上の兄・翔太氏がおり、重度の知的障害を伴う自閉症をもっています。日本政策金融公庫の取材記事や講談社SDGsの連載「Across the Border」、Business Insider Japan「ヘラルボニー1」、東海テレビ特集(2021年)など複数の取材によれば、兄が「かわいそう」「障害者だから」と一括りに扱われる場面を子どもの頃から見てきた経験が、後の起業の動機の核に置かれています。

弟・崇弥氏は東北芸術工科大学企画構想学科を卒業後、放送作家・小山薫堂氏が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズに新卒入社し、9年近くプランナーとしてキャリアを積みました(ヘラルボニー公式「100年史」、新潮社著者プロフィール、Oggi.jpインタビュー、JAAAインタビューほか)。兄・文登氏は東北学院大学共生社会経済学科を卒業し、岩手県の大手建設会社に就職、東日本大震災後の被災地である大船渡や陸前高田で2年半ほど住宅営業として働きました(クライス&カンパニー「ターニングポイント」、日本政策金融公庫、WORK MILLほか)。

家業を継ぐのではなく、それぞれが家業の外で職業人としての地面を作ったうえで合流した、というのが本事例の起点です。能作(富山)・中川政七商店(奈良)・黒龍酒造(福井)といった「老舗の世代交代」型の事例と並べたとき、ヘラルボニーは「双子兄弟による新規創業」という別ルートを歩んでいます。

弟・崇弥が24歳の時、母に誘われて訪れた岩手県花巻市の「るんびにい美術館」で、知的障害のあるアーティストの独創的で魅力にあふれた作品に大きな衝撃を受けた ── ヘラルボニー公式「100年史 序章 1991年〜2015年」/nippon.com「異彩作家のアートで世界を変える」

ヘラルボニー公式の「100年史」と100BANCH掲載記事、nippon.com(2023年)、NEC wisdom「自閉症の兄への想いが起業の原点に」(2022年2月)などによれば、2人は2016年、知的障害のあるアーティストの作品をプロダクトに落とし込むブランド「MUKU」を立ち上げます。2018年2月、東京・渋谷のパナソニック・ロフトワーク運営の実験区「100BANCH」のGARAGE Programに入居し、同年7月に株式会社ヘラルボニーを設立しました(100BANCH「HERALBONY(MUKU)」紹介ページ、ヘラルボニー公式100年史 episode01)。

社名「ヘラルボニー」は、兄・翔太氏が小学生のころに自由帳に繰り返し書いていた言葉で、辞書には載っていない造語です。意味を持たない言葉に「価値がないように思われているものを、価値あるものにしたい」という意図を後から重ねた、というのが公式・第三者取材いずれにも共通する説明です(ヘラルボニー公式about、Wikipedia、東海テレビ特集ほか)。


2. ライセンスモデル──「支援」ではなく「対等なビジネス関係」を制度化する

ヘラルボニーの事業構造を理解するうえで、もっとも重要なのが「ライセンス契約」というモデルの選択です。

WORK MILL(オカムラ)の松田文登氏インタビュー(2021年)、経済産業省 METI Journal ONLINE「『福祉×アート×ビジネス』で世界を変える。ヘラルボニーって何!?」、IDEAS FOR GOODインタビュー(2022年5月)、taliki.org取材記事などによれば、ヘラルボニーは原画を仕入れて販売するのではなく、日本全国の主に知的障害のある作家・福祉施設とアートデータのライセンス契約を結び、企業のプロダクト・空間・キャンペーンにそのアートを展開する形をとっています。2026年5月時点で公式が言及している契約アート点数は2,000点以上です(PR TIMES「海外の福祉施設とのパートナーシップが10箇所を突破」2025年、ヘラルボニー公式about、AXIS Web、Creatorzine 2024年9月)。

ライセンス料の配分について、就労継続支援B型事業所オリーブの解説記事(2024年)と複数の取材記事は、次の構造を伝えています。

  • 原画販売の場合:販売額の50%が作家側に還元
  • データ提供によるプロダクト化:売上の30%が作家側に還元
  • アパレル・インテリア事業:売上の3〜5%が作家側に還元

東洋経済オンライン「岩手発・ヘラルボニー『福祉×アート』その先へ」(2024年12月)と日経クロストレンド「異彩アートを発掘、ライセンス契約 ヘラルボニー急成長の理由」によれば、ヘラルボニーの過去2年間でライセンス使用料の年間支払額(作家報酬)は約8.7倍に伸びています。WORK MILLの松田文登氏インタビューでは、就労継続支援B型事業所の平均工賃が月額約1万6,000円という現状のなか、ヘラルボニーとの契約で年収数百万円規模に到達する作家が出てきている事例も語られています。

障害のある作家との関係を「支援」ではなく「対等なビジネス関係」として制度化する ── 松田文登氏インタビュー「障害のあるアーティストと、“支援”ではない対等なビジネス関係を」WORK MILL(2021年7月)

ここでの創業者の気づきは、3つに整理できます。

第1は、知的障害のあるアーティストの作品を「商品在庫」ではなく「知的財産(IP)」として扱う設計です。原画は作家の手元に残り、データだけが企業に提供されるため、作家は1点限りの売上ではなく、複数のライセンス契約にわたって継続的に収入を得る構造になります。これは音楽家やキャラクターIPの世界では当たり前のモデルですが、福祉領域では新規創業時点ではほぼ前例のないものでした。

第2は、契約相手を「個人作家」だけでなく「福祉施設」に広げたことです。アール・ブリュット(フランス語の「art brut(生の芸術)」を語源とする、専門的美術教育を受けていない人による作品の総称)の作家は、その多くが福祉施設で制作を続けています。施設と契約することで、作家本人だけでなく、施設運営の経済基盤にもライセンス収益が回る構造を組み込みました。

第3は、ブランド名を「MUKU(無垢)」から「HERALBONY」に切り替えた点です。ヘラルボニー公式「100年史 episode01」と繊研新聞「知的障害×アートのヘラルボニー 製品ブランドを刷新」(2019年12月)によれば、創業初期のブランド「MUKU」は知的障害アートのイメージを直接想起させる名称でしたが、後にハイブランド側の文脈で勝負するためにも意味を限定しない造語「HERALBONY」に統合されました。「障害があるからこそ買う」から「アートとして買い、結果として障害のある作家と関わる」への文脈の組み替えです。


3. 主な事業ライン──アパレル、空間、ホテル、コラボレーション

ヘラルボニーの事業ラインは、創業最初のプロダクトであるネクタイから始まり、現在は複数の領域に広がっています。本稿で確認できた範囲で整理すると次のようになります。

自社プロダクト(アパレル・ライフスタイル)

東洋経済オンライン(2024年12月)と公式オンラインストアによれば、創業最初の主力商品はネクタイで、銀座田屋(銀座の老舗洋品店)との共同生産による「銀座田屋×ヘラルボニー」シリーズなど、税別2万円台の価格帯のラインを展開しています。M-1グランプリ2024決勝で漫才コンビ「ダイタク」が着用したことが岩手日報(2024年12月22日)で報じられるなど、メディア露出を伴う着用事例も積み上がっています。ハンカチ、シャツ、ジャケット、ウォレット、トートバッグなど、ファッション・ライフスタイル領域のSKUは継続的に増えています。

空間・建築領域

ヘラルボニー公式コラボレーション一覧と東京建物プレスリリース(2024年12月)によれば、建設現場の仮囲いをアートの展示場に変える「HERALBONY Art Prize」受賞作品の街頭展示など、建築・不動産業界との空間活用プロジェクトが進んでいます。LIXIL「エコカラット×アール・ブリュット」のコラボレーションも、空間素材領域への展開の1つです。

ホテル領域

ヘラルボニー公式note「ダイバーシティからクロスオーバーへ」、PR TIMESプレスリリース、WWDJAPAN「ヘラルボニーが『ハイアット セントリック 銀座』の客室をデザイン」(2022年)などによれば、ヘラルボニーは複数のホテル領域でのプロデュース実績を持っています。

  • HOTEL MAZARIUM(盛岡):2022年10月、岩手県盛岡市にグランドオープン。34室のうち8室をヘラルボニーがアートプロデュースし、岩手の作家8名の作品を客室の壁・床・什器に展開
  • ハイアット セントリック 銀座 東京:契約作家13名のアートを壁・床・鏡・ハンガーなど客室全体に展開するコンセプトルーム
  • FAV HOTEL × HERALBONY:株式会社カオピーズの「FAV HOTEL」ブランドとの共同プロジェクト。広島平和大通り店など、宿泊料の一部を作家に還元する仕組みを組み込み

HOTEL MAZARIUMでは、アートルームに宿泊するごとに1泊あたり500円が作家に「アート対価」として支払われる仕組みが導入されています(ヘラルボニー公式note、宿泊レポート記事ほか)。観光業の客室単価のなかにライセンス料を組み込むこの設計は、能作(富山)の「観光×製造」、中川政七商店(奈良)の「観光×直販」と並べたときに、地方発ブランドが拠点を持たずに観光経済圏と接続する1つの形として読めます。

コラボレーション・BtoBライセンス

JALプレスリリース(2023年10月)と公式コラボレーションサイトによれば、JAL(日本航空)とは2023年10月に業務提携を締結。国際線エコノミークラスの機内食スリーブ、国際線ファースト・ビジネスクラスのアメニティポーチ、機内紙コップなど、複数の機内品にヘラルボニー契約作家のアートが採用されています。

PR EDGE「ヘラルボニーのコラボレーション事例10選まとめ」(2024年)、講談社「KODANSHA×HERALBONY」特集、JR東日本「ヘラルボニー×ベルメゾン」共同企画などからは、出版・小売・鉄道・百貨店など、業界を横断したライセンス展開が読み取れます。

事業ラインがアパレルだけに閉じていない点が、ヘラルボニーの「ライセンス事業」としての性質を象徴しています。原画やデータを商品化する技術を内製化するのではなく、各業界のメーカー・運営事業者と協業することで、自社の規模に対して接触面が極端に広いビジネスが成立しています。


4. LVMH Innovation Award・Forbes・パリ進出──世界の文脈に乗せる

ヘラルボニーの事業の社外評価が一段引き上がったのが、2024年5月のLVMHイノベーションアワード受賞です。

ヘラルボニー公式トピックス、WWDJAPAN「ヘラルボニーが日本初の快挙『LVMHイノベーションアワード』で部門賞を獲得」、事業構想オンライン(2024年5月)、CEFJ(フランス商工会議所)日本語版、MPower Partnersブログ(2024年)などによれば、LVMH Innovation Award 2024は世界89カ国・1,545社から応募があり、ファイナリスト18社のうち日本企業は1社(ヘラルボニー)のみでした。2024年5月23日、フランス・パリで開催された授賞式で、ヘラルボニーは「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞を受賞しました。

LVMH Innovation Awardは2017年にLVMHが設立した世界の有望なスタートアップ企業を見出し、その成長を支援するプログラムで、第8回目となる2024年は、過去最大の89カ国、1,545社からエントリーが集まった ── ヘラルボニー公式トピックス/WWDJAPAN(2024年5月)

受賞を受けて、ヘラルボニーはLVMHの事業支援プログラム「La Maison des Startups LVMH」に参画。日本経済新聞(2025年5月)と日経ビジネス「LVMHが見初めた盛岡のヘラルボニー」(2024年)、AXIS Web、Creatorzine 2024年9月などによれば、2024年7月にフランス・パリに子会社「HERALBONY EUROPE」を設立、2024年9月よりパリ13区の世界最大級スタートアップ集積施設「Station F」を拠点として本格的にヨーロッパ事業を開始しました。同年9月23日から10月1日にかけては、パリ・マレ地区のアートギャラリー「Galerie Christian Berst」で初の海外展示会「Artiste et HERALBONY」が開催されています(Shift C、ヘラルボニー公式note、AXIS Web)。

メディア露出の側面では、Forbes JAPAN 2024年11月号「カルチャープレナーたち」表紙に松田崇弥氏・松田文登氏が登場し、2026年1月29日に発売されたForbes JAPAN別冊『HERALBONY MOVEMENT』では、トヨタ自動車・豊田章男氏、台湾のオードリー・タン氏、LVMHのトーマス・プルニエ氏らへのインタビューを通じて、ヘラルボニーを「現象」として整理する企画が組まれました(ヘラルボニー公式トピックス、ヘラルボニー公式note「『ヘラルボニー現象』は滑稽か、賞賛か」、ADF Web Magazine英文版)。

2019年には松田崇弥氏・松田文登氏が「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」に選出されており(パーソル「はたらくWell-being AWARDS 2023」、Wikipedia、複数の取材記事)、創業から6〜7年で「日本のスタートアップ枠」と「世界のラグジュアリー枠」の両方の文脈に乗せられたことになります。

ここで重要なのは、ヘラルボニーが「ラグジュアリーブランド」として日本国内で完成してから海外に出たのではなく、ラグジュアリーの文脈に乗せに行く過程そのものを使って、国内事業のブランドを押し上げているという順序です。能作・中川政七商店・黒龍酒造といった老舗の事例が「国内で築いた業態を海外へ広げる」型だったのに対し、ヘラルボニーは「海外の評価を国内ブランドの増幅装置として使う」型に近いと整理できます。


5. 旗艦店「HERALBONY ISAI PARK」と新規創業×地方発ブランドの拠点設計

2025年3月29日、岩手県盛岡市の百貨店「パルクアベニュー・カワトク」内に、ヘラルボニーの旗艦店「HERALBONY ISAI PARK」がオープンしました。

岩手日報(2025年3月30日)、河北新報、日本経済新聞、繊研新聞(2024年10月)、ヘラルボニー公式PR TIMES「ヘラルボニーの旗艦店『HERALBONY ISAI PARK』3月29日岩手県盛岡市のカワトク百貨店にグランドオープン決定」によれば、ISAI PARKはショップ・ギャラリー・カフェを併設した複合型の旗艦店で、ヘラルボニーが目指す「異彩が放たれる未来」を可視化した公園、と位置づけられています。

旗艦店オープンに先立つ2024年10月25日から11月5日にかけては、改装費の一部に充てるためのクラウドファンディングが実施され、目標額1,000万円を超える資金が集まりました(日本経済新聞「ヘラルボニーが盛岡・川徳に旗艦店 資金調達で賛同募る」2024年10月)。

ここでの拠点設計の3つの特徴を、本稿で確認できた範囲で整理しておきます。

  1. 本社所在地に旗艦店を作った:パリのStation F、銀座のハイアット セントリック銀座東京コラボなど、都市部に接点を広げる一方で、旗艦店を東京ではなく盛岡(本社所在地)に置きました。岩手の文脈と切り離さない、という意思決定です
  2. 百貨店内に出店した:単独路面店ではなく、パルクアベニュー・カワトク(岩手の老舗百貨店)に出店することで、地域百貨店の客動線にブランドを差し込みました。地方の小売文脈に乗ることで、新規創業のスタートアップが「地域に根を張る」演出を行っています
  3. クラウドファンディングを「共感の証明」として使った:旗艦店の改装費という極めて実務的な用途に対して、クラウドファンディング1,000万円超の調達を組み合わせることで、ブランドの支援者コミュニティを可視化しました

地方発ブランドの世代交代型事例(能作・中川政七商店・黒龍酒造)と比較すると、ヘラルボニーは「本社・旗艦店・国内BtoB拠点・パリ拠点」という4階建ての構造を、創業7年で組み上げています。これは創業時点で老舗的な資産がない分、拠点設計の自由度が高いという、新規創業ブランドの優位性が反映された動き方と読めます。


6. 編集視点:地方発ブランドのグローバル展開の作法

ヘラルボニーの事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。

  1. 地方発ブランドは、地域の「ハンデ」を素材ストーリーとして組み立てられる 岩手という創業地、知的障害というテーマ、地方の福祉施設という制作拠点──これらは「不利な前提条件」として並べることも、「他のブランドには真似できない素材ストーリー」として並べることもできます。ヘラルボニーは後者の整理を選び、「岩手発」「双子兄弟」「自閉症の兄」「るんびにい美術館」という固有名詞を、ブランドの語り口の中心に置きました。地方企業の経営者にとって、地域の特殊条件を「言い訳」ではなく「ブランドの素材」として並べ直す作業は、初手のマーケティングになります。

  2. ライセンスは、商品ではなく関係性を再設計する仕組みとして使う ヘラルボニーのライセンスモデルは、福祉施設の工賃を月額数千円から年収数百万円規模まで引き上げる例を生み出しました。これは商品を売る仕組みであると同時に、作家・施設・企業・消費者の関係性を「支援」から「対等な取引」へと組み替える設計でもあります。地方企業がライセンス事業を考えるとき、最初に決めるべきは「何を売るか」ではなく「誰と誰の関係をどう変えるか」かもしれません。

  3. 海外の評価は、国内ブランドの増幅装置として使える LVMH Innovation Award、パリStation F、HERALBONY EUROPE、Galerie Christian Berstでの初海外展示──ヘラルボニーは、海外進出を「売上の拡張」ではなく「国内向けブランド評価の押し上げ装置」として組み立てているように読めます。地方発ブランドにとって、海外展開は規模拡大の前に、国内のメディア露出・採用・コラボ案件の質を変えるための投資にもなり得ます。

  4. ホテル・空間は、ライセンス事業の「物理的な見本市」として機能する HOTEL MAZARIUM、ハイアット セントリック 銀座、FAV HOTEL──これらの宿泊体験は、ヘラルボニーのアートを「使われている状態」で示す物理的な見本市でもあります。地方発ブランドが法人営業に挑むとき、自社の単独店舗だけでなく、宿泊・飲食・百貨店・建築現場など、人が長時間滞在する場所をライセンスの実装先にする発想は、能作の工場見学、中川政七商店の鹿猿狐ビルヂングと並べたときに、共通する「滞在型マーケティング」の形として読み取れます。

  5. 創業者2人の役割分担と発信の同期 松田崇弥氏(CEO、東京、クリエイティブ・対外)と松田文登氏(COO、岩手、営業・実行)という2人の役割分担は、Forbes JAPAN表紙、PERSOL「はたらくWell-being AWARDS 2023」、PR TIMESプレスリリースなど、複数のメディアで「双子兄弟」として一体で発信されています。創業者個人をブランドの一部にする発信は、地方発の新規創業ブランドにとって最大の差別化資産の1つです。ヘラルボニーの場合、双子・兄弟・岩手・自閉症の兄、という固有名詞の組み合わせが、ブランドのコピーよりも先に物語として記憶される構造を作っています。


本事例から見える経営とマーケティングの学び

ヘラルボニーの物語は、地方企業とスタートアップに共通する「ブランドもリソースも潤沢でない状態から成長を作る」という条件の中で、新規創業×地方発ブランドという立ち位置で、世界の文脈に到達した事例として読めます。重要なのは、双子兄弟が「岩手で自閉症の兄をもって育った」という個人的な原体験を、ライセンスという経済モデルに翻訳し、福祉施設・企業・消費者・海外ラグジュアリー業界の関係を組み替え直したことです。

地方マーケティングは、地域の不利な条件を、ブランドの語り口の核として並べ直す作業に近い──ヘラルボニーの歩みは、その作法の参考になります。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、家業承継という縦軸だけでなく、地方発の新規創業という横軸からも、地方企業の成長は設計できる、という学びがここにあります。


関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン

本事例の学びと共通する、グロースマガジン(https://lgstudio.jp/magazine/)の解説記事を2本紹介します。

1. 間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織

共通点: ヘラルボニーは「異彩を、放て。」というビジョンを最初に置き、そこからライセンス契約構造(福祉施設×企業×消費者)・アパレル・ホテル・LVMH IPGという事業ラインを順に組み上げました。本記事が示す「ビジョン→事業→商品→営業→組織」の順序は、双子兄弟がブランドの語り口を経営の設計図として使い続けたプロセスの説明になります。

2. ターゲットと便益を5-10パターンに整理する

共通点: ヘラルボニーはアパレル購入者・コラボ企業・福祉施設・ホテル来訪者・パリの海外消費者と、複数のターゲットに対し別々の便益を整理してきました。本記事のセグメント×便益マトリクスの考え方は、1つのライセンスIPを5以上の事業ラインに展開していくヘラルボニーの設計と直結します。


出典

  • 株式会社ヘラルボニー 公式サイト「ABOUT US」「STORY」「100年史 序章 1991年〜2015年」「100年史 episode01 2015年〜2018年」(株式会社ヘラルボニー、取得日2026-05-18) https://www.heralbony.jp/about https://www.heralbony.jp/about/story https://www.heralbony.jp/history/episode00 https://www.heralbony.jp/en/history/episode01

  • ヘラルボニー公式トピックス「日本初!ヘラルボニー、LVMH Innovation Award 2024で『Employee Experience, Diversity & Inclusion』カテゴリ賞を受賞」(株式会社ヘラルボニー、2024年5月公開、取得日2026-05-18) https://www.heralbony.jp/topics/2296

  • ヘラルボニー公式トピックス「日本初!ヘラルボニー、LVMH Innovation Award 2024で世界1,545社からファイナリスト18社に選出」(株式会社ヘラルボニー、2024年4月公開、取得日2026-05-18) https://www.heralbony.jp/topics/2212

  • ヘラルボニー公式トピックス「ヘラルボニー、フランス・パリに新たに子会社『HERALBONY EUROPE』を設立」(株式会社ヘラルボニー、2024年9月公開、取得日2026-05-18) https://www.heralbony.jp/topics/2763

  • WWDJAPAN「へラルボニーが日本初の快挙『LVMHイノベーションアワード』で部門賞を獲得」(株式会社INFASパブリケーションズ、2024年5月公開、取得日2026-05-18) https://www.wwdjapan.com/articles/1822772

  • 事業構想オンライン「ヘラルボニー LVMHのアワードを日本初受賞、仏に現地法人設立へ」(株式会社宣伝会議、2024年5月公開、取得日2026-05-18) https://www.projectdesign.jp/articles/news/77d142fb-21ad-4de3-a02f-298a422854d6

  • 日本経済新聞「パリ『有望企業の集積地』に入居のヘラルボニー 障害×アートで飛躍」(株式会社日本経済新聞社、2025年5月公開、取得日2026-05-18) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC216BA0R20C25A5000000/

  • 日経ビジネス「LVMHが見初めた盛岡のヘラルボニー 障害×アートでパリ進出」(株式会社日経BP、2024年公開、取得日2026-05-18) https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00354/

  • 日経クロストレンド「異彩アートを発掘、ライセンス契約 ヘラルボニー急成長の理由」(株式会社日経BP、取得日2026-05-18) https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00628/00050/

  • 東洋経済オンライン「岩手発・ヘラルボニー『福祉×アート』その先へ ネクタイは3万円台 商品の魅力で選ばれる強み」(株式会社東洋経済新報社、2024年12月公開、取得日2026-05-18) https://toyokeizai.net/articles/-/828487

  • nippon.com「異彩作家のアートで世界を変える : 知的障害のある芸術家に正当なロイヤリティを! ― 兄弟で起業、ヘラルボニーの挑戦」(一般財団法人ニッポンドットコム、2023年公開、取得日2026-05-18) https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b10802/

  • 経済産業省 METI Journal ONLINE「『福祉×アート×ビジネス』で世界を変える。ヘラルボニーって何!?」(経済産業省、取得日2026-05-18) https://journal.meti.go.jp/p/30640/

  • Business Insider Japan「【ヘラルボニー1】障害×アートで『普通』の歪みを問う。原点は知的障害のある兄」(株式会社メディアジーン、取得日2026-05-18) https://www.businessinsider.jp/post-248279

  • WORK MILL「障害のあるアーティストと、“支援”ではない対等なビジネス関係を ― ヘラルボニー・松田文登」(株式会社オカムラ、2021年7月公開、取得日2026-05-18) https://workmill.jp/jp/webzine/heralbony-art-20210720/

  • 日本政策金融公庫「ココから始める 株式会社ヘラルボニー 代表取締役副社長 松田 文登氏」(株式会社日本政策金融公庫、取得日2026-05-18) https://www.jfc.go.jp/n/findings/kokohito/keieisya024.html

  • クライス&カンパニー「プロフェッショナルのターニングポイント ヘラルボニー 松田文登氏」(株式会社クライス&カンパニー、取得日2026-05-18) https://www.kandc.com/turning-point/v030/

  • IDEAS FOR GOOD「障害のある方に”支援される”福祉実験ユニット、ヘラルボニーの創業者が語る『やさしさの哲学』」(株式会社ハーチ、2022年5月公開、取得日2026-05-18) https://ideasforgood.jp/2022/05/10/heralbony/

  • 岩手日報ONLINE「ヘラルボニー旗艦店オープン 盛岡市菜園のカワトクに『ISAIパーク』」(株式会社岩手日報社、2025年3月30日公開、取得日2026-05-18) https://www.iwate-np.co.jp/article/2025/3/30/182110

  • 河北新報オンライン「ヘラルボニーが盛岡・川徳に旗艦店を開業 福祉起点に新たな文化を」(株式会社河北新報社、2025年3月公開、取得日2026-05-18) https://kahoku.news/articles/20250330khn000031.html

  • 日本経済新聞「ヘラルボニーが盛岡・川徳に旗艦店 資金調達で賛同募る」(株式会社日本経済新聞社、2024年10月公開、取得日2026-05-18) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC2569Z0V21C24A0000000/

  • 繊研新聞「ヘラルボニー 来春、川徳に旗艦店 ギャラリーやカフェを併設」(株式会社繊研新聞社、2024年10月公開、取得日2026-05-18) https://senken.co.jp/posts/heralbony-241028

  • 繊研新聞「知的障害×アートのヘラルボニー 製品ブランドを刷新」(株式会社繊研新聞社、2019年12月公開、取得日2026-05-18) https://senken.co.jp/posts/heralbony-rebranding-191211

  • ヘラルボニー公式PR TIMES「ヘラルボニーがアートプロデュースを手掛ける『HOTEL MAZARIUM(マザリウム)』が10月4日岩手県盛岡市にグランドオープン」(株式会社ヘラルボニー、2022年10月公開、取得日2026-05-18) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000171.000039365.html

  • WWDJAPAN「ヘラルボニーが『ハイアット セントリック 銀座』の客室をデザイン 知的障がいを持つ作家13人のアート作品を活用」(株式会社INFASパブリケーションズ、2022年公開、取得日2026-05-18) https://www.wwdjapan.com/articles/1353314

  • JALプレスリリース「JAL、ヘラルボニーと業務提携を締結」(日本航空株式会社、2023年10月公開、取得日2026-05-18) https://press.jal.co.jp/ja/release/202310/007666.html

  • ヘラルボニー公式PR TIMES「【#異彩の日】ヘラルボニー、WiLをリード投資家としてM Power Partnersおよび電通ベンチャーズSGPファンドより資金調達を実施」(株式会社ヘラルボニー、2025年1月公開、取得日2026-05-18) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000349.000039365.html

  • ヘラルボニー公式PR TIMES「ヘラルボニー、MPower Partnersをリード投資家として資金調達を実施。社会の『DE&I』を促進するパートナーに」(株式会社ヘラルボニー、2023年12月公開、取得日2026-05-18) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000243.000039365.html

  • 100BANCH「HERALBONY(MUKU)」プロジェクトページ(パナソニック株式会社/株式会社ロフトワーク/株式会社カフェ・カンパニー、取得日2026-05-18) https://100banch.com/projects/HERALBONY/

  • NEC wisdom「自閉症の兄への想いが起業の原点に。アートを入口に『知的障害』のイメージを変えていく」(日本電気株式会社、2022年2月公開、取得日2026-05-18) https://wisdom.nec.com/ja/feature/sdgs/2022021801/index.html

  • 東海テレビ「特集 知的障害者のブランド『ヘラルボニー』…立ち上げた自閉症の兄持つ元広告マン『世界をもっと寛容で楽しく』」(東海テレビ放送株式会社、2021年2月公開、取得日2026-05-18) https://www.tokai-tv.com/newsone/corner/20210209-heralbony.html


※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値・受賞年は引用元の表記に従いました。従業員数、売上高など一部の経営数値は本稿で参照できた第三者取材記事の範囲では公開数値として確認できなかったため、本文では「複数の取材記事で言及された定性的記述」と「LVMH関連のプレスリリースに明記された定量データ」を切り分けて記載しました。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

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