地方企業の成長事例
下請けからメーカーへ、職人18年を経て踏み出した「曲がる錫」の自社ブランド化
公開日: 2026-05-16 / 出典 13本 / 本文約6,000字
下請け仏具メーカーから純錫の自社ブランドへ、職人現場の理解を起点にメーカー化と産業観光まで踏み込んだ地方企業の成長事例
今回取り上げるのは、富山県高岡市の鋳物メーカー、株式会社能作(のうさく)です。1916年(大正5年)に高岡銅器の地で創業し、長らく仏具・茶道具・花器のOEM下請けを担ってきた老舗が、福井から婿養子として入った1人の男性によってメーカー企業へと姿を変え、社員数15倍・売上10倍・年間来場者数13万人規模の産業観光拠点へと成長しました。
本稿は、ダイヤモンド・オンライン、JBpress、リクルート、テレビ東京「カンブリア宮殿」、日本経済新聞、北日本新聞などの公開取材記事と能作公式発表をもとに、以下3点を整理します。
- 代替わりの前夜──下請け業のままでは続かないという気づき
- 何を変えたか──「曲がる錫」と直販、そして産業観光
- 結果と次の代替わり──娘の5代目社長と「世界へ」
1. 代替わりの前夜──「ちゃんと勉強せんかったら、この仕事よ」
能作の現会長・能作克治氏は、もともと福井県の出身で、大阪の大学を卒業後、大手新聞社に勤めていました。結婚を機に妻の実家である能作に1984年に入社し、ここから18年間、現場で鋳造の職人として腕を磨いていきます。
JBpress(2022年)の取材によれば、能作は当時、仏具・茶道具・花器をつくる素材メーカー、つまり高岡銅器のサプライチェーン上の下請けという立ち位置でした。能作克治氏がブランドを持つメーカーへの転換を志した契機として、たびたび語られているのが、入社から3年目ごろのある工場見学のエピソードです。
製造現場に入って3年くらいたった頃に、地元の女性から子どもを連れて見学に行きたいと連絡をいただき、案内した際に、お母さんが子どもに「ちゃんと勉強せんかったら、この仕事よ」と言った ── JBpress「富山の鋳物メーカー『能作』による変革の秘密」(2022年)
下請けの製造現場が、地域社会から「勉強しないとここで働くことになる仕事」と見られていた。この風景がきっかけとなり、能作克治氏は、いつか自分たちの名前で売れる製品を持ちたいと思うようになります。その後、現場で職人として技術を磨きながら、商品企画の機会を伺うという長い助走期間が続きました。
リクルートの「ガラージュトーク」(2022年6月公開)でも、能作克治氏は当時の能作が「営業らしい営業を持っていなかった」と振り返っています。下請けの仕事はすべて元請けから来るため、自社で何かを売るためのマーケティング機能を持っていない。これは、地方の中堅製造業の多くが今も抱えている課題と地続きです。
2. 真鍮の風鈴と「居酒屋からの一言」──変化のスタートライン
能作のメーカー化を象徴する最初のヒット商品は、真鍮の風鈴でした。「PHP」誌での取材記事によれば、もともと真鍮で鋳造していた仏具の「おりん(仏壇用の鳴り物)」が、ある顧客から「これを風鈴にしてみては」と提案されたことをきっかけに、風鈴に転用されたという経緯があります。この風鈴は累計2万3000個を超えるヒット商品となり、能作にとって初めての自社製品の手応えとなりました。
その後、2000年前後に始めた真鍮の風鈴の成功を受け、能作克治氏は2003年から本格的に自社製品の開発に踏み込みます。テーブルウェアや酒器の領域に商品を広げていく中で、純錫(錫100%)の鋳物の実用化へと踏み込むことになります(能作公式や「KAGO」関連記事では、合金化が業界の定石だった時代に純錫鋳物の量産化を進めたという位置づけで紹介されています)。
錫は柔らかく、純度100%にすると指の力でぐにゃりと曲がります。これを欠点として合金化するのが業界の定石でしたが、能作はその「曲がる」という性質を、欠点ではなく特徴として再定義します。デザイナー小野里奈氏(rinao design)が、能作の純錫を「紙のようだ」と評したことから生まれた「曲がる籠」シリーズ「KAGO」は、2008年に商品化され、海外のデザインメディアでも紹介される代表作となりました。
混じり気のない錫は金属疲労がおきにくくやわらかいため、手で引っ張ると簡単に平らな状態から立体に立ち上がります ── 日本デザインネット(japandesign.ne.jp)「kago」紹介ページ
ここでの代替わり経営者の気づきは2つに整理できます。
第1は、下請け仕事の延長線にある「素材としての技術」を、お客さまが直接手に取れる「完成品」として作り直したこと。鋳物の技術を信仰用具から日常用具へ、業務用から家庭用へとずらしたことで、まったく別の顧客層に届く商品に変わりました。
第2は、「外部デザイナーとの協業」を制度として取り込んだことです。能作には小泉誠氏、小野里奈氏など複数のデザイナーが関わっており、自社のものづくり技術を外部の発想と掛け合わせる仕組みが内製化されていきました。地方の中堅メーカーにとって、人材獲得で最も難しいのが「企画・デザイン人材」だとよく言われますが、能作はそれを内製化ではなく協業のかたちで解決したのです。
3. 工場見学13万人──「観光になる工場」を逆算で設計する
能作の事業転換でもう1つ象徴的なのが、2017年4月にオープンした新本社・新工場です。能作公式や複数のメディア記事によれば、この新社屋には次の機能が併設されています。
- 直営の「FACTORY SHOP」(自社製品の販売)
- 鋳物製作体験「NOUSAKU LAB」
- 工場見学「FACTORY TOUR」
- カフェレストラン「IMONO KITCHEN」
- 富山県内観光情報を発信する「TOYAMA DOORS」
中川政七商店のオウンドメディア「読みもの」によれば、オープン直後1か月で前年の総見学者数を超える1万人以上が訪れ、2018年は10万人超、2019年には12万人を目指す水準まで成長しました。北日本新聞や高岡市観光ナビの取材によれば、その後も年間13万人前後の来場者があり、高岡観光の主要スポットの1つに位置づけられています。新社屋は2019年にグッドデザイン賞を受賞しています。
ここで重要なのは、来場者数そのものよりも、能作が「観光」をマーケティングチャネルとして設計し直したという点です。能作克治氏は複数の取材で、新社屋の意義を売上ではなく「目に見えない効果」だと語っています。
単なる売り上げよりも、目に見えない効果がすごく大きい。毎日さまざまなお客様に来ていただけることで、今までにはない出会いがあり、職人たちの意識も変化し、日々の仕事を超えてスタッフ同士の結束もより強くなった ── 中川政七商店「読みもの」(高岡 能作 取材)
工場見学を起点にした産業観光は、能作にとって3つの効果をもたらしました。
- 顧客体験の最大化:自社製品を実際の鋳造現場で見て触れることで、購買意欲が上がる
- 採用ブランディング:地方の中堅製造業がもっとも苦戦する「企画系・若手人材」へのPRが、工場見学を通して自然に行われる
- 職人の動機づけ:見学者の存在が職人のプライドを刺激し、現場の主体性が高まる
「マーケティング」を、広告・SNS・チラシといった発信領域に限定せず、工場そのものを舞台装置に変えて顧客との接点を生み直す──これは下請けからメーカーへ転換した能作だからこそ取れた選択でした。
4. 「営業しない経営」とは何か
能作克治氏の経営スタイルとして取り上げられることが多いのが、「営業しない、口を出さない、気にしない」というフレーズです(出典:リクルート「ガラージュトーク」2022年6月、ダイヤモンド・オンライン「カンブリア宮殿出演記事」2019年など)。
このフレーズは煽り文句に聞こえやすいので、丁寧に分解しておきます。
- 「営業しない」:プッシュ型のBtoB営業ではなく、メディア露出と工場見学を起点にしたインバウンドな引き合いを軸に置く
- 「口を出さない」:商品企画・デザイン・店舗運営を担う社員に対し、経営側が細部にまで口を出さない
- 「気にしない」:競合や業界慣習を起点にせず、自社の能力起点で意思決定する
下請け業時代の能作には、これらは1つも当てはまっていませんでした。能作克治氏は、自社製品を持ったことで、はじめてこの3つのスタイルが取れる立場になった、とも言えます。マーケティングと組織運営の自由度は、ビジネスモデルそのものの転換とセットで生まれる──これは、代替わりを迎える中堅企業の経営者にとって、同じ立場の経営者が真似しやすいポイントの1つです。
ダイヤモンド社の能作克治氏の著書のタイトルは『社員15倍!見学者300倍!踊る町工場』(2019年)。書名のとおり、能作克治氏が経営に踏み込んだ時点で約10人だった社員は現在170人前後、見学者は年間300人規模だったものが13万人規模へと変化しています。
5. 5代目社長への代替わり──「これからは世界を目指す」
2023年3月、能作はもう1つの代替わりを経験します。能作克治氏が代表取締役会長に退き、長女の能作千春氏が5代目代表取締役社長に就任しました。北日本新聞の報道や能作公式のニュースリリースによれば、能作千春氏は神戸学院大学を卒業後、アパレル関連の会社を経て2011年に能作へ入社、2016年に取締役、2018年に執行役員を経て、社長に就任しています。
特筆すべきは、能作千春氏が2016年9月に「産業観光部」の部長として、新社屋オープン半年前から産業観光事業の立ち上げを担っていた点です。つまり、4代目(克治氏)が「メーカー化と産業観光」のラインを敷き、5代目(千春氏)がそのラインを引き受けて完成させ、社長交代に至っているという、計画的な代替わりが行われたことになります。
エヌエヌ生命保険のメディアコラム(2023年6月)では、能作千春氏が「これからは世界を目指す」と発言しています。日本経済新聞(2019年12月)によれば、能作は2020年2月に台湾のLOTA Industrialとの合弁会社「NOUSAKU Precious Metals」を設立し、プラチナや金などの貴金属を使ったインテリア・アート製品を中華圏で展開する計画を発表しました。2018年9月期の総売上は約17億円、うち海外売上は約4000万円という規模感ですが、海外売上比率の引き上げが次世代の中心テーマになっています。
6. 編集視点:事業転換と成長づくりの作法
能作の事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。
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事業承継のタイミングで、ビジネスモデルを再定義する
下請けのまま代替わりを迎えると、後継者は「同じ仕事をどう回すか」しか議論できません。能作克治氏は18年間の職人経験を経て、下請けからメーカーへというビジネスモデル転換を伴った代替わりに踏み込みました。経営承継は、事業承継の前段で「何を承継し、何を継がないか」を決める作業です。 -
マーケティングは発信ではなく、舞台装置の設計から始める
能作は広告予算を膨らませる方向ではなく、新社屋・工場見学・カフェ・観光案内という「来てもらう仕掛け」に投資しました。地方企業にとって、自社の物理的拠点はすでに最大級のマーケティング資産です。 -
デザインと企画は内製ではなく協業で取り込む
小泉誠氏、小野里奈氏ら外部デザイナーとの継続協業は、地方の中堅メーカーが企画人材を一気に内製化できないという現実への現実解です。協業の窓口になれる担当者を社内に1人置く方が、デザイナー採用より優先されるべき投資かもしれません。 -
「目に見えない効果」を経営の言葉にする勇気
能作克治氏のコメントにあった「単なる売り上げよりも、目に見えない効果がすごく大きい」という言葉は、短期KPIで判断されがちな中堅経営者にとって、長期投資を正当化する論拠になります。成長を作る経営者が打つべき手の多くは、初年度のPLでは見えません。 -
後継者は、次の代替わりを構想する立場でもある
能作克治氏は会長に退き、長女の千春氏が産業観光部の立ち上げから社長へというキャリアパスをたどりました。代替わりは1回のイベントではなく、世代をまたいだ仕組みづくりのことです。
本事例から見える経営とマーケの学び
能作の物語は、地方企業が抱える「下請け構造」「人材不足」「販路の固さ」を、代替わりというタイミングを使ってまとめて解いていった事例として読めます。重要なのは、能作克治氏が職人として18年間現場に立ち、技術と組織の地力を理解した上で経営に踏み込んだことです。地方企業の成長は、外から持ち込んだ手法ではなく、自社が立っている地面の解像度を上げる作業から始まります。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、能作の歩みは「何を変え、何を残すか」を考えるための学びになります。
出典
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JBpress「富山の鋳物メーカー『能作』による変革の秘密」(株式会社JBpress、2022年公開、取得日2026-05-16)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68781 -
株式会社リクルート「営業しない。口を出さない。気にしない。富山の鋳物メーカー能作の『しない』経営」(株式会社リクルート、2022年6月7日公開、取得日2026-05-16)
https://www.recruit.co.jp/blog/guesttalk/20220607_3293.html -
中川政七商店の読みもの「富山『能作』のスゴい工場見学。年間10万人が集まる人気の秘密とは」(株式会社中川政七商店、取得日2026-05-16)
https://story.nakagawa-masashichi.jp/90614 -
ダイヤモンド・オンライン「【カンブリア宮殿】に出演!『能作』社長が初告白!営業なし、社員教育なしで社員15倍!見学者300倍!さらに売上10倍!」(株式会社ダイヤモンド社、2019年9月公開、取得日2026-05-16)
https://diamond.jp/articles/-/214435 -
テレビ東京「カンブリア宮殿」2019年9月12日放送回・能作社長 能作克治氏(株式会社テレビ東京、取得日2026-05-16)
https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/2019/0912/ -
北日本新聞webunプラス「能作社長(高岡)に能作千春専務」(株式会社北日本新聞社、2023年3月公開、取得日2026-05-16)
https://webun.jp/articles/-/368465 -
エヌエヌ生命保険コラム「『これからは世界を目指す』株式会社能作 会長 能作克治氏 5代目社長 千春氏」(エヌエヌ生命保険株式会社、2023年6月16日公開、取得日2026-05-16)
https://www.nnlife.co.jp/pedia/succession/20230616_nousaku -
日本経済新聞「能作、台湾で新ブランドの合弁会社 20年2月」(株式会社日本経済新聞社、2019年12月公開、取得日2026-05-16)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53847010W9A221C1LB0000/ -
株式会社能作 公式サイト「歴史」「会社概要」「工場見学・体験」「新会長・新社長就任のお知らせ」(株式会社能作、取得日2026-05-16)
https://www.nousaku.co.jp/history/history/
https://www.nousaku.co.jp/company/
https://www.nousaku.co.jp/factory/
https://www.nousaku.co.jp/news/20230322/ -
日本デザインネット「kago」(株式会社ジャパンデザイン、取得日2026-05-16)
https://www.japandesign.ne.jp/kiriyama/155_rina_ono/kago/ -
AXIS Web「富山の鋳物メーカー『能作』の新社屋が完成 ものづくりの現場と地域観光をひとつ屋根の下に」(株式会社アクシス、2017年5月公開、取得日2026-05-16)
https://www.axismag.jp/posts/2017/05/76943.html -
PHPオンライン衆知「能作 ―『伝統とは革新』を体現する人気鋳器メーカーの挑戦」(PHP研究所、取得日2026-05-16)
https://shuchi.php.co.jp/article/1674 -
高岡市観光ナビ「能作 本社工場を徹底レポート」(一般社団法人高岡市観光協会、取得日2026-05-16)
https://www.takaoka.or.jp/blog/detail_94.html -
thinklocal「ものづくりのまち高岡で魅せる新しいアプローチ。『能作』が生み出す地方創生のカタチとは?」(大丸松坂屋百貨店、2024年1月公開、取得日2026-05-16)
https://think-local.dmdepart.jp/story/20240126toyama1/
※本稿は2026年5月16日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。
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