グローススタジオレポート

地方企業の成長事例

撚糸技術D2C「エアーかおる」が地方繊維産業の中で作った成長

撚糸という地方繊維産業の技術を「エアーかおる」というD2Cブランドで再定義し、衰退業界の中で年商19億円超まで成長を作った岐阜・安八の地方企業の事例

企業概要(公開情報)

企業名
株式会社浅野撚糸
所在地
岐阜県安八郡安八町
代表者
浅野雅己(代表取締役社長・1995年就任)
設立
1969年
業種
撚糸/タオル/D2C
従業員数
約60名(本社・双葉事業所含む。公開取材時点)
本記事の公開情報
2026-05-18 公開 / 出典 16本 / 本文約5,500字

今回取り上げるのは、岐阜県安八郡安八町に本社を置く株式会社浅野撚糸です。1967年創業・1969年12月設立、二代目社長の浅野雅己氏(1960年生まれ、1995年社長就任)が率いる撚糸専業メーカーで、独自開発した撚糸「SUPER ZERO」を使った高機能タオル「エアーかおる」を看板商品にしています。1990年代後半の価格競争と中国製糸の流入で7億円あった売上が2億円まで落ち込んだ撚糸業界の中で、自社ブランド開発とD2C (メーカーが直接消費者に販売するモデル)化に踏み出し、2023年4月には総事業費約30億円規模の福島県双葉町・新拠点「フタバスーパーゼロミル」を稼働させ、エアーかおる累計販売は1,900万枚規模に達したと複数取材で報じられています。

本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下3点を整理します。

  • テレビ東京「カンブリア宮殿」(2018年8月30日放送、2025年3月6日放送)
  • 日本経済新聞
  • 繊研新聞
  • 中日新聞
  • ダイヤモンド・オンライン
  • 経済産業省METI Journal ONLINE
  • 日本政策金融公庫「お客さま紹介」
  • 双葉町公式ホームページ
  • 復興庁「産業復興事例集」
  • 中部電力「交流Style」
  • テレビ東京「ガイアの夜明け」(2023年3月10日放送)
  • 浅野撚糸公式コーポレートサイト
  1. 立ち上げ前夜──撚糸業界の構造崩壊と、教員から二代目社長になった浅野雅己氏
  2. 何を変えたか──水溶性糸を使った「SUPER ZERO」とD2Cブランド「エアーかおる」の設計
  3. 結果と次の一手──ふるさと納税・直営店「本丸」・福島県双葉町への進出

1. 立ち上げ前夜──撚糸業界の構造崩壊と「教員から二代目社長」

浅野撚糸は、浅野雅己氏の父・浅野博氏が1967年に岐阜県安八郡安八町で創業した撚糸専業メーカーです。岐阜県西部は古くから繊維と撚糸の集積地で、1983年には浅野博氏が岐阜県西部撚糸工業組合理事長に就任、1984年からは岐阜県下にグループ工場ネットワークづくりを進めた、と浅野撚糸公式コーポレートサイト「沿革」および繊研新聞「設立50年を迎えた浅野撚糸」(2020年)が伝えています。撚糸とは、糸を撚り合わせて新しい糸を作る工程のことで、織布・縫製の前工程にあたる「下請け仕事」が業態の中心でした。

注目すべきは、二代目になる浅野雅己氏のキャリアの出発点が「家業」ではなく「教員」だったことです。浅野氏は1960年に岐阜県安八町で生まれ、福島大学教育学部を卒業後、福島県内の小・中学校で体育教師となりました。バレーボール部の顧問なども務めていたと記録されています。家業を継ぐ予定はなかったものの、母の病をきっかけに退職して帰郷し、1987年に浅野撚糸へ入社、1995年に35歳で二代目社長に就任しました(出典:日本政策金融公庫、中部電力、テレビ東京「カンブリア宮殿」2018年8月30日放送回)。

27歳まで教員をやっていました。父が病に倒れた母を一人で支えるのは大変だろうと考え、家業を継ぐために岐阜に戻りました ── 日本政策金融公庫「お客さま紹介」(取材記事、要旨)

社長就任直後の1990年代後半から2000年代にかけて、浅野撚糸を含む岐阜・愛知の撚糸業界は構造的な逆風に直面します。安価な中国製糸の流通拡大とアパレル輸入比率の上昇で、国内撚糸需要が縮小しました。浅野撚糸も最盛期7億円規模だった売上が2億円台まで落ち込み、創業者が築いた工場ネットワーク自体が維持困難な水準に近づいた、と複数取材が一致して伝えています(出典:中部電力、ダイヤモンド・オンライン、テレ東プラス等)。

安価な中国製の糸が大量に入ってきて、撚糸業界は衰退の一途。当社も売上げ7億円から2億円まで落ち込み、倒産の危機に追い込まれました ── 浅野雅己氏のテレビ東京「カンブリア宮殿」2018年8月30日放送回での発言(テレ東プラス記事、要旨)

この局面で、浅野氏は「同業他社と同じことをやっても勝ち目がない」という判断のもと、撚糸の研究開発に経営資源を集中する選択をします。1999年にはゴムと綿糸を撚り合わせたストレッチ糸の開発に成功し、これがアパレル向け資材としてヒットしました(日本政策金融公庫、中部電力「交流Style」)。下請けの撚糸工場が「他社が作れない糸を、自社の研究で作る」研究開発型へとシフトした転換点であり、後の「SUPER ZERO」開発の土台になっています。

地方繊維産業の事業承継の場面で、新しい社長が引き継ぐのは設備や顧客リストだけではなく、構造不況の真ん中で「家業をどう再定義するか」という問い自体です。浅野撚糸の場合、その問いに対する答えが「下請けの撚糸工場から、自社ブランドを持つ研究開発型メーカーへ」というシフトとして記録されています。


2. 「SUPER ZERO」と「エアーかおる」──撚糸技術をブランドに変える

浅野撚糸の代名詞になっているのが、特許技術「SUPER ZERO」と、それを使った高機能タオル「エアーかおる」です。

SUPER ZEROは、新しい特殊撚糸工法です。まず元撚りの紡績糸と水溶性糸を合わせ、逆方向へ2倍に撚ります。その後、水溶性糸を温水で溶解させると、逆撚りが元撚りの方向に戻ろうとする反動が働きます。この反動によって、繊維のあいだに多量の空隙が生まれる仕組みです(出典:浅野撚糸公式「SUPER ZERO」ページ、経産省METI Journal ONLINE 2023年)。開発に着手したのは2002年頃、本格製品化までに約5年を要した、と紹介されています(出典:テレ東「カンブリア宮殿」2018年放送回、中部電力「交流Style」)。

「どうせ廃業するなら限界まで挑戦したい」と決意し、取引先から紹介された水溶性糸を使い、新しい撚糸の開発に挑み始めました ── 浅野雅己氏のカンブリア宮殿出演時の発言(テレ東プラス記事、要旨)

技術ができても、それを売れる製品に翻訳するには、もう一段の協業が要りました。地銀(大垣共立銀行)のビジネスマッチングをきっかけに、三重県津市の老舗タオルメーカー・株式会社おぼろタオルの加藤忠社長と出会い、共同でタオル製品の開発に着手します(出典:カンブリア宮殿2018年放送回、テレ東プラス、ダイヤモンド・オンライン2024年記事)。互いに苦しい経営状況にあった両社が手を組んだ結果、2007年6月、「エアーかおる」が発売されました。

エアーかおるの特長として、浅野撚糸公式サイトおよび「広報・宣伝担当者のためのPRマガジン」(株式会社シーズ・クリエイト2022年公開)、東海テレビ「news ONE」特集(2020年)では、(1)一般的なタオルより吸水性・速乾性が1.5倍程度、(2)洗濯を繰り返してもボリュームが保たれる、(3)毛羽落ちが少ない、という3点が繰り返し紹介されています。要するに、繊維のあいだに作った空隙(空気の層)が、水分を素早く吸い、素早く放す機能を担うという構造です。

このプロダクト設計のうえに、浅野氏は流通設計の組み替えも進めました。撚糸メーカーは通常、糸を出荷した時点で売上が立ち、最終消費者と接点を持ちません。これに対し浅野撚糸は、次の4つの直接顧客接点を10年以上かけて積み上げました。

  • (1) エアーかおる公式オンラインショップ(airkaol.jp)による直販
  • (2) 安八町ふるさと納税返礼品としての登録
  • (3) テレビ・新聞・ラジオの取材露出を起点にした口コミ
  • (4) 直営店「エアーかおる本丸」の本社隣接出店

(出典:浅野撚糸公式コーポレートサイト、エアーかおる公式EC、安八町公式「ふるさと寄附金」ページ、PR TIMES浅野撚糸プレスリリース)

下請けの撚糸工場が、商品開発から最終顧客との関係づくりまでを自社で持つD2Cブランドへと事業の重心を移していった、という順序です。

「直販D2Cへの転換」と要約すると簡単ですが、実態は、撚糸工場の現場で5年かけて新しい撚糸を完成させた研究開発と、地銀のマッチングを起点にした老舗タオルメーカーとの共同生産、そしてふるさと納税やテレビ取材という外部の流通装置をひとつずつ自社の集客動線につなぎ直す、長い積み上げです。地方の研究開発型メーカーが「下請けからブランドへ」の道のりを通る場合の作法として、エアーかおるの立ち上げは参考になる方の代表例として位置づけられます。


3. 1,900万枚と岐阜の田んぼの中の本社──ヒット商品の規模感

ここで、エアーかおるが「どの程度のヒット商品か」を、複数取材で繰り返し報じられている数字で押さえておきます。

  • 2007年6月発売の「エアーかおる」は、2018年8月のカンブリア宮殿放送時点で累計販売枚数約600万枚(出典:テレ東プラス2018年記事)
  • 2020年8月に流通累計1,000万枚を突破(出典:浅野撚糸公式コーポレートサイト、PRマガジン2022年記事)
  • 2022年12月時点で累計販売1,500万枚を突破(出典:浅野撚糸公式コーポレートサイト「エアーかおる1,500万枚突破!」プレスリリース)
  • 2025年3月放送のカンブリア宮殿時点では累計1,900万枚規模(出典:テレ東プラス2025年記事)
  • 年間販売本数は2020年時点で約120万本(出典:東海テレビ「news ONE」2020年特集「田んぼに囲まれた会社が生んだ年間120万本販売のタオル」)

売上規模については、繊維専門紙「THE SEN-I-NEWS」(2024年「浅野撚糸/今期、売上高28億円超めざす/双葉合わせ3拠点体制で」)および中小機構「成長持続100億企業」特集ページ掲載の浅野撚糸PDF資料、SalesNow企業情報DB(2024年5月31日更新)などで、近年の年商は概ね19〜23億円規模、2024年10月期の売上高は約19億円、2025年期は28億円超を目指す事業計画、と公開情報が並んでいます。安八町という岐阜県西部の田園地帯の本社・工場と、20名弱から60名規模の従業員数の中で、1商品系列の累計販売枚数が約2,000万枚に迫る、という規模感です。

東海テレビ「news ONE」2020年特集は、この点を「田んぼに囲まれた会社が生んだ年間120万本販売のタオル 強みは”オンリーワン”の吸水力」というタイトルで報じています。地方繊維産業の中小企業が、立地のハンデを跳ね返してヒット商品を育てた事例として、繊維業界外の一般紙・テレビが繰り返し取材してきた構造がここに見えます。

業界外からの評価としては、経済産業省「ものづくり日本大賞」(浅野撚糸が受賞者として掲載)に名前が記録されている点が代表的です(出典:経済産業省ものづくり日本大賞 公式サイト 受賞者ページ)。また、復興庁が公表する「産業復興事例集」2023年版にも、後述する福島県双葉町進出を含めた事例として浅野撚糸が掲載されており、業界誌・一般紙だけでなく、政府刊行物にも事例として記録される位置に立っています。


4. 福島県双葉町への進出──「経産省の繊維の将来を考える会」から始まった話

事業承継後の打ち手で、もっとも分かりやすい次の一手は、福島県双葉町への新工場進出です。

進出の起点は、2019年7月の経済産業省「繊維の将来を考える会」の動きだったと、複数の取材が一致して伝えています(出典:復興庁、双葉町公式、中日新聞、METI Journal ONLINE、繊研新聞、日本経済新聞、Re:touch等)。

経産省の同会に所属していた浅野氏に、当時の繊維担当課長から「福島復興と日本の繊維を助けてほしい」と声がかかり、浅野氏は経産省担当者とともに福島県内を視察。双葉町の伊澤史朗町長から「事前調査の点数や現状を見ても、たぶん双葉町は選ばないと思う。でも双葉郡に来てもらいたい」と話されたことが意思決定の決め手だった、と中日新聞・METI Journal ONLINE・Re:touch記事が一致して紹介しています。2019年に双葉町と立地協定を締結し、2023年4月のグランドオープンに至りました。

双葉町公式ホームページおよびSOUSOU相双の施設情報、福島民報「福島県双葉町に進出、浅野撚糸の事業所開所」(2023年4月23日)によれば、新拠点「浅野撚糸 双葉事業所」の概要は次のとおりです。

  • 所在地:福島県双葉郡双葉町中野地区復興産業拠点
  • 敷地面積:約28,000平方メートル、建屋面積:約6,000平方メートル
  • 総事業費:約30億円規模
  • 撚糸工場「フタバスーパーゼロミル」(SUPER ZEROを年約500トン生産)
  • 直営タオルショップ「エアーかおる双葉丸」
  • カフェ「キーズカフェ」
  • 研修施設・イベントスペース併設
  • 2023年4月22日、渡辺博道復興大臣臨席のもとグランドオープン

双葉町は震災後、人口がほぼゼロになった町。そこに撚糸工場と直販店、カフェ、研修施設を一体で建てる、という意思決定は、本社の岐阜の規模感からすると大胆です。それでも、撚糸という地場産業の技術を、日本のもう一つの被災地と接続することに意味がある ── 浅野雅己氏のRe:touchインタビュー(株式会社AGENCY ONE「Re:touch SDGs」連載、要旨)

双葉町への進出は、復興支援という社会的文脈と、SUPER ZEROの生産能力増強という事業上の理由を両立させた打ち手として整理できます。双葉町と共同企画した「ダキシメテフタバ」シリーズは、双葉町の風景や地名をモチーフにしたタオルマフラーとして安八町と双葉町両方のふるさと納税返礼品にも採用され、産業復興と自治体マーケティングの結節点になっている、と浅野撚糸公式コーポレートサイト「ダキシメテフタバ」ページおよびPR TIMESプレスリリースが伝えています。

繊研新聞や経済産業省METI Journal ONLINEの取材が共通して指摘するのは、双葉事業所の意義が「生産能力の増強」だけにとどまらず、「世界への挑戦権」を得る場として位置づけられている点です。フタバスーパーゼロミルでの年間生産能力500トンという数字は、日本国内の撚糸メーカーのみを顧客とする規模を超え、海外アパレルメーカー・スポーツメーカー向けの素材輸出を視野に入れた水準に対応しています。岐阜・安八と福島・双葉という、繊維産業の文脈ではほとんど縁のなかった2地点を、SUPER ZEROというひとつの素材技術で接続した事業設計、というのが浅野撚糸の現在地です。


5. 編集視点:撚糸技術D2Cの作法と、地方繊維産業の中での成長

浅野撚糸の事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。

  1. 「下請けからブランドへ」の転換は、研究開発の積み上げを5年単位で続けることから始まる 浅野氏が二代目社長として最初に取り組んだのは、外部から仕入れた経営フレームの導入ではなく、ゴム×綿糸ストレッチ糸(1999年)、SUPER ZERO(2002年着手・2007年エアーかおる発売)という具体的な撚糸の研究開発でした。撚糸という業態の中で「他社が作れない糸を、自社で作る」というポジションを5年単位の研究開発で押さえ、そのうえでブランド製品・流通・直販に拡張していった順序が、地方繊維産業の中でブランドを育てる場合の作法として参考になります。

  2. 共同生産パートナーは「同じくらい厳しい状況にある老舗」が機能する エアーかおるは、地銀のビジネスマッチング経由で出会った三重県津市・おぼろタオルとの共同開発で世に出ました。両社とも当時は経営的に厳しい局面にあり、その共有された緊迫感が、安全策ではなく挑戦的な新製品開発という意思決定を後押ししました。地方の中小製造業がブランド製品を立ち上げる際、「順風満帆のパートナー」よりも「同じ温度感で挑戦できるパートナー」を選ぶ判断には再現性があります。

  3. D2Cの直接顧客接点は、ECだけでなく「ふるさと納税」「テレビ取材」「直営店」「自治体連携」の4本足で組む 浅野撚糸の直接顧客接点は、公式EC・安八町ふるさと納税返礼品・カンブリア宮殿などのテレビ取材露出・「エアーかおる本丸」直営店・双葉町との共同企画という、複数のチャネルで構成されています。広告予算で集客するD2Cとは異なり、地方の中小メーカーが既存の地域インフラ(自治体・地銀・テレビ)を直接顧客接点に翻訳していくモデルです。

  4. 「衰退業界」を出発点にするほうが、ストーリーは1本軸に揃いやすい 撚糸業界は、出荷量・事業所数ともに長期で縮小傾向にある国内産業の代表的なカテゴリです。浅野撚糸はその構造を否定するのではなく、「衰退業界の真ん中で、世界唯一の撚糸を作る」というポジションに自社を置き続けました。商品名「SUPER ZERO」、直営店名「エアーかおる本丸」、新拠点名「フタバスーパーゼロミル」と、語彙がすべて「撚糸」「ゼロ」「本丸」「ミル(製糸所)」という業界の自前の言葉で揃っているのは、外部のコンサルやブランディング会社に語彙を借りていないことの表れです。

  5. 「地方の本社+被災地の新拠点」という2地点モデルは、地方企業の成長設計として転用可能 岐阜・安八の本社と福島・双葉の新拠点という構成は、本社の地縁・産業集積・人材プールを保ちながら、被災地の復興政策(立地補助・固定資産税減免など)を活用して生産能力を増強する設計です。2拠点目を「観光地」や「東京」に取らず、本業の研究開発と社会的文脈を両立させた場所に取った点は、地方企業の拠点戦略を考えるうえで参考になります。


本事例から見える経営とマーケティングの学び

浅野撚糸の物語は、教員から二代目社長になった浅野雅己氏が、安価な海外糸の流入で売上7億円から2億円まで落ち込んだ撚糸業界の中で、特許技術「SUPER ZERO」と高機能タオル「エアーかおる」を開発し、ふるさと納税・直営店・テレビ取材・自治体連携という地方インフラを直接顧客接点に翻訳することで、累計1,900万枚規模のD2Cブランドへ育てた事例として読めます。重要なのは、撚糸という衰退業態の中で「他社と同じ土俵で価格競争しない」という選択を、5年単位の研究開発と、おぼろタオルとの共同生産、福島県双葉町への30億円規模の新拠点投資という具体的な打ち手で積み上げてきたことです。地方繊維産業の中で成長を作る経営者にとって、浅野撚糸の歩みは「衰退業界をどう自社の戦場として定義し直すか」「どこと組み、どの直接顧客接点を育てるか」を考えるための学びになります。


関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン

本事例の学びと共通する、グロースマガジン(https://lgstudio.jp/magazine/)の解説記事を2本紹介します。

1. 地方企業/スタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略

共通点: 浅野撚糸が衰退する撚糸業界の中で価格競争に乗らず、「他社が作れない糸を、自社研究で作る」というSUPER ZEROの開発に5年を投じた選択は、本記事が説く「戦わない戦略」の実装そのものです。広告予算でも生産規模でも大手と勝負しない前提に立ち、独自素材・独自ブランド・独自流通(ふるさと納税・直営店・テレビ取材)で別の土俵を作る作法は、地方企業の低リソース戦略の典型として本記事の核と一致します。

2. インサイトを理解する 〜「本当は○○したい」をつかむ〜

共通点: エアーかおるの便益設計(吸水・速乾・ボリューム持続・毛羽落ち少なめ)は、「タオル選びで本当は何にストレスを感じているか」という顧客の潜在ニーズを撚糸技術で解決したものです。「タオルが重い・乾かない・洗濯でぺたっとなる」という日常の小さな不満を、SUPER ZEROによる空気の層という素材レイヤーで解いた構造は、本記事が説く「本当は○○したい」を素材開発に翻訳した事例として読むことができます。


出典


※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。引用文は複数取材の要旨をもとに再構成した箇所があり、公開前に原文表現の最終確認の余地があります。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

Podcast

音派の方へ:文派のマガジン記事と同じ学びを音声で

Vol.11

第11回 ライトサクセスとディープサクセス

エピソードを聴く

Spotifyで全17回を聴く →

他の事例を読む

事例レポート一覧へ →

同じデータから別の切り口

岐阜県安八郡安八町 での採用市況・年収相場・転職市況のレポートも、株式会社浅野撚糸と同じデータパイプラインから提供しています。