グローススタジオレポート

地方企業の成長事例

醤油屋から「だしパックブランド」へ転換し全国・海外に届けた130年企業

福岡発・130年の醤油屋が「茅乃舎」のだしパックを軸に食品D2C+店舗体験で全国・海外に届けた、地方食品メーカーの代表的な業態転換事例

企業概要(公開情報)

企業名
株式会社久原本家グループ本社
所在地
福岡県糟屋郡久山町
代表者
河邉哲司(代表取締役社長/4代目)
設立
1893年
業種
食品製造業(だし、調味料、加工食品)/D2C/店舗
従業員数
約1,319名(2024年2月末時点・グループ連結)
本記事の公開情報
2026-05-18 公開 / 出典 16本 / 本文約5,800字

今回取り上げるのは、福岡県糟屋郡久山町に本社を置く株式会社久原本家グループ本社です。1893年(明治26年)、初代・河邉東介氏が福岡県久原村(現在の久山町)で醤油醸造業として創業し、現在は4代目・河邉哲司氏が率いる総合食品メーカーです。だしパック「茅乃舎(かやのや)」、辛子明太子「椒房庵(しょぼうあん)」、業務用・量販店向け調味料「くばら」の3ブランドを軸に、2024年2月期で売上高318億円、従業員数1,319名(グループ連結)、直営店・通信販売の比率が約82%という構造に達したと報じられています(日本経済新聞、日経ビジネス、事業構想オンライン、PR TIMES プレスリリースなど)。

本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下4点を整理します。

  • 日経ビジネス連載「ニッポンの社長」(2019年)
  • 日本経済新聞
  • 事業構想オンライン
  • 経済産業省 METI Journal ONLINE
  • ニュースイッチ(日刊工業新聞社)
  • AdverTimes
  • グローカルミッションタイムズ
  • 食品新聞
  • タナベコンサルティング「TCG REVIEW」
  • PR TIMES
  • Casa BRUTUS
  • 料理通信
  • 社長名鑑
  • Wikipedia
  • 久原本家グループ公式サイト「歴史
  • 沿革」「会社概要」「ブランド紹介」
  1. 代替わりの前夜──「仕方なく継いだ家業」が見ていた地方醤油屋の現実
  2. 何を変えたか──OEM・椒房庵・茅乃舎、20年かけたブランド3段ロケット
  3. 店舗・百貨店・海外──「だしを売る場所」を自分たちで設計する
  4. グループ事業と次の打ち手──御料理茅乃舎、北海道、伊豆本店、銀座旗艦店

1. 代替わりの前夜──「仕方なく継いだ家業」が見ていた地方醤油屋の現実

久原本家4代目の河邉哲司氏は、1955年生まれ。福岡大学商学部を1978年に卒業し、家業の久原調味料(現・久原本家グループ本社)に入社しました(社長名鑑、タナベコンサルティング「TCG REVIEW」、グローカルミッションタイムズ前編)。

家業に戻ったときの会社の姿が、複数の取材で繰り返し語られています。1978年の入社時、売上高は年間約6,300万円、経常利益約120万円、従業員は6名でした(日経ビジネス連載「ニッポンの社長」2019年、グローカルミッションタイムズ前編、タナベコンサルティング「TCG REVIEW」)。事業の中身は「醤油を自分たちでつくって瓶詰めし、トラックに載せて1軒ずつ配達する」という、典型的な地方の村の醤油屋でした。

河邉氏自身は、日経ビジネスの連載で家業を継ぐことに前向きでなかった過去を率直に語っています。

仕方なく継いだ家業 ── 日経ビジネス連載「ニッポンの社長」(2019年6月)

子どもの頃から「継ぎたくない」と言い続けていた理由は、会社の規模そのものよりも、配達中心の醤油醸造業という事業の伸びしろが見えなかったことにあったとされています(日経ビジネス、グローカルミッションタイムズ前編)。地方醤油業界全体が大手調味料メーカーとの価格競争に押し込まれ、各地の蔵が廃業・統合に追い込まれていた時代背景があり、河邉氏が見ていた家業はその縮小局面のただ中にありました。

地方の食品メーカーの代替わりでよく起こるのは、「縮小する既存事業を守るために働く」か「縮小する既存事業を土台に新しい業態を立ち上げる」かの選択です。久原本家のその後の歩みは、後者の典型例として読めます。父親(3代目)から「外で営業を学んでこい」と言われずに帰った家業を、河邉氏は「OEMで業容を広げる→自社ブランドを立ち上げる→店舗・直販を内製化する」という長い順番で組み替えていきました。


2. 何を変えたか──OEM・椒房庵・茅乃舎、20年かけたブランド3段ロケット

久原本家の業態転換は、商品開発の3つのフェーズに整理できます。

フェーズ1(1980年代)──業務用たれ・スープのOEMで業容拡大

入社直後の河邉氏が取り組んだのは、醤油の小売配達ではなく、業務用たれ・スープのOEM(相手先ブランドによる生産)でした。日経ビジネス連載「ニッポンの社長」(2019年)とWikipedia「久原本家」によれば、1980年代に焼肉店向けたれ、ラーメンスープなどのOEM生産を本格化させています。

OEMは自社ブランドを持たないため、ブランド資産は積み上がりません。しかし、「全国の食品メーカー・外食チェーンに調味料を量産するメーカー」としての製造体制と原料調達のネットワークが、ここで育ちました。後に「茅乃舎だし」を全国の百貨店ルートに乗せられる供給力の土台は、この時期に作られたと見るのが自然です。

フェーズ2(1990年〜)──辛子明太子「椒房庵」と9年の赤字

1990年、久原本家は明太子で初の自社ブランド「椒房庵(しょぼうあん)」を立ち上げました(日経ビジネス「念願の自社ブランド、赤字に9年耐える」2019年、久原本家公式「沿革」、新卒採用「プロジェクトストーリー」)。

注目すべきは、ここから9年間、椒房庵は赤字を出し続けたという点です。日経ビジネスの取材によれば、北海道産たらこなど質のいい国産原料を使い、丁寧に手をかけて作っていたため原価が高く、社内外から「やめてはどうか」という声も出ていたとされています。

念願の自社ブランド、赤字に9年耐える ── 日経ビジネス連載「ニッポンの社長」(2019年6月)

それでも撤退せず、北海道産たらこへのこだわりを譲らなかった結果、評判が口コミで広がり、福岡県久山町の店舗にわざわざ買いに来る客が出るほどになった、と複数の取材記事(久原本家採用サイト、グローカルミッションタイムズ後編)が紹介しています。

地方企業が自社ブランドを立ち上げる場面で多いのは、3年〜5年で黒字化の見通しが立たないと撤退する判断です。久原本家が9年間赤字を許容できたのは、OEM事業のキャッシュフローと、家業を継いだ4代目自身の長期視点の両方が揃っていたためと読めます。

フェーズ3(2005年〜)──「御料理 茅乃舎」と「茅乃舎だし」

椒房庵が黒字化したころ、河邉氏は次の打ち手として、母方の実家にあたる老舗酒蔵・伊豆本店(福岡県宗像市、1717年創業)の茅葺屋根を葺き替える光景を目にしたといいます(久原本家プレスリリース2024年4月「伊豆本店 子会社化のお知らせ」、PR TIMES)。この茅葺屋根の記憶が、後の「御料理 茅乃舎」開業のきっかけになったと公式発表で語られています。

2005年、久原本家は福岡県久山町の山中に、茅葺屋根の和食レストラン「御料理 茅乃舎」を開業しました(久原本家公式「沿革」、茅乃舎公式サイト、PR TIMES 2025年4月「御料理 茅乃舎リニューアル」)。完全予約制、化学調味料・保存料を使わない素材本位の料理を出すこの店は、福岡県内のオーガニック志向の客層から徐々に支持を集めていきます。

翌2006年、店で出していたかつおと昆布のだしを、家庭でも再現できるよう「だしパック」化した商品を発売しました。これが「茅乃舎だし」です(久原本家公式、ニュースイッチ「高価格ながら大人気、『茅乃舎だし』の店舗ごとに変わる戦略とは?」、経済産業省 METI Journal ONLINE)。

茅乃舎だしの開発で重要だったのは、「あごだし(飛魚のだし)」というカテゴリーの選び方です。河邉氏は経済産業省 METI Journal ONLINEの取材で、当時の業界の常識を次のように紹介しています。

あごだしで全国展開できるわけがない ── 経済産業省 METI Journal ONLINE「『だし』を通じて日本の食文化を世界に発信」より、社外の反応として河邉氏が紹介

かつおだし・昆布だしというカテゴリーは、すでに大手食品メーカーが圧倒的シェアを持っていました。久原本家は「九州で身近に使われるあごだし」を主軸に置くことで、大手と価格・物量で正面から競合しない領域を選んだことになります。

ブランディング面では、good design company(代表・水野学氏)が茅乃舎のロゴ・パッケージを担当したことが知られています(AdverTimes「久原本家(茅乃舎)×水野学のアイデア会議」2015年、美術手帖「water学率いるgood design companyが20周年個展」など)。水野氏は中川政七商店、くまモン、農林水産省などのブランドデザインを手がけたデザイナーで、茅乃舎のパッケージはdashiという日本の食文化を「日常品だが少し高い」価格帯で陳列できるビジュアル設計になっています。

久原本家の業態転換が独特なのは、商品開発と並行して「売る場所」自体を作り直したことです。次節で見ていきます。


3. 店舗・百貨店・海外──「だしを売る場所」を自分たちで設計する

茅乃舎だしが発売された2006年当時、久原本家には全国に届けるための量販店ルートが十分にありませんでした。そこで採られたのが、「通販と百貨店・商業施設での直販を主力にする」という流通設計です。

ニュースイッチ(日刊工業新聞社)の取材によれば、茅乃舎は通販で会員数が約5万人を超えたタイミングから、百貨店・商業施設からの出店オファーが相次ぐようになります。2010年に東京ミッドタウンへ初出店、その後、関東圏に7店舗、全国に16店舗(2018年時点)、その後さらに拡大して2023年時点で30店舗以上を百貨店・商業施設に展開する規模に至ったと報じられています(ニュースイッチ、タナベコンサルティング、AdverTimes、グローカルミッションタイムズ後編)。

事業構造として重要なのは、2024年2月期のグループ連結売上318億円のうち、直営店・通信販売の比率が82%、スーパーなどの量販店流通経由が15%程度にとどまるという点です(日本経済新聞「『茅乃舎』久原が北海道に新工場」2021年4月、日本経済新聞「久原本家北海道の明太子『椒房庵』」、日経ビジネス連載ほか)。一般的な食品メーカーが量販店流通中心の構造を取るのに対し、久原本家は直販主導の食品メーカーという位置づけです。

売上のみを追求するとお客様第一主義ではなくなる ── 食品新聞「『茅乃舎』に次ぐ新戦略とは?」(2021年)

この発言は、量販店ルートでの大量販売よりも、客と接点を持てる直営店・通信販売を優先するという、久原本家の意思決定の重みづけを言語化したものとして読めます。同社の店舗網は、単に商品を並べる場所ではなく、料理教室・試食・季節レシピの配布など、顧客と長く関係を持つストック型の接点として設計されています(ニュースイッチ、タナベコンサルティング「TCG REVIEW」、グローカルミッションタイムズ後編)。

海外展開も、この直販主義の延長線上で動いてきました。2016年にベトナム・ホーチミンに日本料理店を出店し、続いて米国市場をターゲットに「久原本家USA」を設立、ニューヨークでの「Japan Week」出展などを経て、米国向け通販サイト「Kayanoya Online Shop USA」を運用しています(事業構想オンライン2021年2月号、グローカルミッションタイムズ後編、久原本家採用サイト、DAILYSUN NEW YORK「茅乃舎」)。

海外展開の選定で河邉氏は、シンガポール、パリ、ロンドンと比較したうえで、米国を「ここから世界に広げられる市場」として選んだと取材で語っています(事業構想オンライン)。地方食品メーカーが海外展開する際の典型は、観光客向けの土産物として既存の商品をそのまま並べる方法ですが、久原本家は通販という直販チャネルを米国で育てる道を選んだことになります。


4. グループ事業と次の打ち手──御料理茅乃舎、北海道、伊豆本店、銀座旗艦店

久原本家の現在のグループ構成は、9社で形成されています(久原本家グループ公式「会社概要」、マイナビ2026企業概要)。

  • 久原本家グループ本社(グループ経営管理、商品開発、品質保証、購買)
  • 久原本家食品(製造)
  • 久原本家(店舗販売・通販・飲食事業)
  • 久原醤油(量販店向け営業、調味料ブランド「くばら」)
  • 久原本家 北海道(北海道アイ・北海道椒房庵などの製造販売)
  • 美田(農業法人)
  • 久原本家USA(海外事業)
  • 伊豆本店(2024年4月子会社化、酒造・販売)
  • 久原本家グループエージェンシー(広告代理・広報)

この9社体制は、「だしパック1商品の販売会社」から「自社ブランド+OEM+店舗+海外+酒造の事業群」へとビジネスモデルが拡張してきた過程の現在地です。象徴的な施設・出来事をいくつか押さえておきます。

御料理 茅乃舎(2005年開業、2025年リニューアル)

ブランドの総本山である「御料理 茅乃舎」は、2005年の開業から20年が経過した2025年、茅葺屋根の葺き替えを終えてリニューアルオープンしました(久原本家プレスリリース2025年4月、茅乃舎公式)。プレスリリースによれば、約900平方メートル・約80トンの茅を使った西日本最大級の茅葺屋根で、ブランドの原点として継続投資の対象になっています。

20年に1度の茅葺屋根の葺き替えを終え、御料理もスローフードの原点に立ち返ります ── 久原本家プレスリリース「御料理 茅乃舎 リニューアル グランドオープン」(2025年)

地方食品メーカーが30年以上ブランドを維持できるかは、「ブランドの原点となる場所が物理的に残っているか」に強く依存します。御料理 茅乃舎のリニューアルは、商品ブランドの維持ではなく、ブランドの源泉そのものへの投資です。

久原本家 北海道(2022年新工場、北海道椒房庵2023年)

2022年、久原本家は北海道恵庭市に約6万平方メートルの大型新工場を稼働させ、2030年をめどに北海道事業の出荷額100億円を目指す構想を打ち出しました(日本経済新聞「『茅乃舎』久原が北海道に新工場、10年後100億円へ始動」2021年4月、事業構想オンライン)。

2023年9月には、「久原本家 北海道」として初の直販ブランド「北海道 椒房庵」をスタートし、大丸札幌店に直営店舗をオープンしています(久原本家プレスリリース2023年9月、日本経済新聞「久原本家北海道の明太子『椒房庵』、昆布が決め手」)。福岡・久山町の本拠と並ぶ「もう1つの本拠地」として北海道を位置づけた動きです。

伊豆本店の子会社化(2024年)

2024年4月、久原本家グループは創業300年以上の老舗酒蔵・伊豆本店(福岡県宗像市、1717年創業)を子会社化しました(久原本家プレスリリース2024年4月、M&A Online、PR TIMES、データ・マックス)。

伊豆本店は河邉哲司氏の母方の実家にあたり、御料理 茅乃舎の茅葺屋根の発想源にもなった蔵です。今後、敷地内建屋を日本酒と久原ブランドの物販スペースとして改装し、「日本酒と和食のマリアージュ」を新しい商品・コンテンツとして開発する方針が公式発表で示されています。

東京銀座 茅乃舎(2025年11月開業)

2025年11月21日、茅乃舎は東京・銀座3丁目に旗艦店「東京銀座 茅乃舎」をグランドオープンしました(久原本家プレスリリース、料理通信、Casa BRUTUS、マイナビニュース)。建築家・隈研吾氏が店舗設計を監修した、地上2階・店舗面積60坪の旗艦店で、茅葺屋根を想起させる杉格子のひさしを重ねた外観が特徴です。

日本の伝統的な美意識につながる「茅」を、田舎の古民家で用いられている「茅」の優しさを、都会のど真ん中にある銀座という地でいかに表現するか ── 隈研吾氏(Casa BRUTUS「まるで茅葺き屋根!? 隈研吾が”つながり”を大事に設計」2025年11月)

この旗艦店は、福岡・久山町の御料理 茅乃舎(田舎の茅葺き)と、銀座の旗艦店(都心の茅)を、隈研吾氏の建築で接続する設計になっています。地方の食品メーカーが、創業地の風景を都心の旗艦店でどう翻訳するか──という問いに対する、1つの参照可能な解です。


5. 編集視点:130年企業の業態転換と直販主義の作法

久原本家の事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。

  1. 縮小する既存事業を「廃業」ではなく「土台」に使う
    1978年時点の久原本家は売上6,300万円・従業員6人の村の醤油屋でした。河邉哲司氏はこの既存事業を廃業せず、業務用たれ・スープのOEMで業容を広げる道を選びました。配達中心の小売事業からは見えなかった「全国の食品メーカー・外食チェーンに調味料を量産するメーカー」という製造体制が育ち、後の茅乃舎を全国百貨店ルートに乗せる供給力の土台になりました。地方の家業を継ぐ局面では、目に見える既存事業ではなく、その内側にある製造能力・取引ネットワーク・地域での信用といった「見えない資産」を再評価することが、業態転換の最初の作業になります。

  2. 9年間の赤字を許容できるブランドへの長期投資
    1990年に立ち上げた辛子明太子「椒房庵」は、9年間赤字が続きました。北海道産たらこへのこだわりを譲らなかった結果、口コミで広がり、後の茅乃舎に続く自社ブランド第1号として黒字化しました。地方企業が自社ブランドを立ち上げる際、3〜5年で黒字化判断を迫る短期視点では、椒房庵は途中で撤退していた可能性が高い事業です。OEMで稼いだキャッシュフローが、長期赤字を許容する経営判断を可能にしました。

  3. 大手と戦わないカテゴリ選び──「あごだし」という選択
    茅乃舎だしの主力は、九州で身近な飛魚のだし「あごだし」です。大手が圧倒的シェアを持つかつおだし・昆布だしを正面から競合せず、地方の食文化に根差した「あごだし」を全国に広げる方向に賭けたことになります。地方企業が大手食品メーカーと戦わずに勝つためには、自分たちの地域でしか作れないカテゴリーを再定義し、それを全国の家庭の食卓に届け直すという順番が有効です。

  4. 直販82%の流通設計──店舗を「販売の場」ではなく「顧客との関係資産」にする
    久原本家のグループ連結売上の82%は、直営店・通信販売です。一般的な食品メーカーが量販店流通中心の構造を取るなか、同社は百貨店・商業施設の直営店と通販で顧客と直接つながる流通を選びました。「売上のみを追求するとお客様第一主義ではなくなる」という河邉氏の言葉は、流通の意思決定を売上ではなく顧客との関係性で重みづけるという、地方食品メーカーにとっての参照点です。

  5. ブランドの原点(田舎の茅葺き)と旗艦店(都心の茅)を建築で接続する
    2005年に久山町の山中に開業した「御料理 茅乃舎」(茅葺屋根)と、2025年に銀座に開業した「東京銀座 茅乃舎」(隈研吾氏設計、茅葺を想起させる外観)は、同じ「茅」というモチーフで接続されています。創業地の風景を都心の旗艦店でどう翻訳するかは、地方発のブランドが全国・海外に広がるときに必ず通る論点で、久原本家はそれを建築家との協業で解いた事例として参考になります。


本事例から見える経営とマーケティングの学び

久原本家の物語は、「地方の小さな醤油屋」「縮小する伝統産業」「家業を継ぎたくなかった後継者」という、地方の食品メーカーが直面しがちな3つの宿題を、OEM・自社ブランド・直販店舗の3段階の業態転換でまとめて引き受けた事例として読めます。重要なのは、河邉哲司氏が1978年に売上6,300万円・従業員6人の家業に戻ってから、業務用OEMで業容を広げ(1980年代)、椒房庵で9年の赤字を耐え(1990年代)、御料理 茅乃舎と茅乃舎だしで自社ブランドの主軸を作り(2005-2006年)、百貨店・通販・海外で直販主義の流通を組み上げ(2010年代)、北海道・伊豆本店・銀座旗艦店で次の拠点を重ねていった(2020年代)、という25年以上の時間軸です。地方の食品メーカーの成長は、外から持ち込んだ手法ではなく、家業の中に眠っている製造能力と、地域に根差した食文化を、長い時間軸で再編成する作業から始まります。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、久原本家の歩みは「何を残し、何を新しく作るか」を考えるための学びになります。


関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン

本事例の学びと共通する、グロースマガジン(https://lgstudio.jp/magazine/)の解説記事を2本紹介します。

1. 顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しよう

共通点: 久原本家がグループ連結売上の82%を直営店・通信販売で構成しているのは、本記事が示す「ストック資産で1顧客との関係を長く保つ」という流通設計の典型例です。茅乃舎の百貨店店舗が試食・料理教室・季節レシピの配布で顧客と継続的に接点を持つ構造は、量販店ルートのフロー型販売とは異なる、ストック型の獲得効率化として機能しています。河邉哲司氏の「売上のみを追求するとお客様第一主義ではなくなる」という言葉は、本記事のフレームをそのまま意思決定の言語にしたものとして読めます。

2. 地方企業/スタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略

共通点: 茅乃舎だしの主軸を「あごだし」というカテゴリーに置いた選択は、本記事が説く「戦わない戦略」の実装そのものです。大手食品メーカーが圧倒的シェアを持つかつおだし・昆布だしを正面から競合せず、九州の食文化に根差した飛魚のだしを全国に広げる方向に賭けたことで、価格と物量で大手と戦わずに済む独自カテゴリーを獲得しました。「あごだしで全国展開できるわけがない」という業界の常識を逆手に取った打ち手が、本記事の「低リソース・ブランド無し」を前提とした地方企業の戦い方の参照点になります。


出典


※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

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