地方企業の成長事例
「入湯手形」と30軒連合で寂れた山あいの温泉地を全国ブランドにした地方観光マーケティング
寂れた山あいの温泉地が30軒の旅館連合と「入湯手形」「町並みの統一」で全国ブランド化した、地方観光×コミュニティ活用マーケティングの古典的代表事例
企業概要(公開情報)
- 企業名
- 黒川温泉観光旅館協同組合
- 所在地
- 熊本県阿蘇郡南小国町黒川
- 代表者
- 北里有紀(代表理事/歴史の宿 御客屋 7代目御客番、2015年就任)
- 設立
- 1986年
- 業種
- 温泉旅館業協同組合/観光まちづくり
- 従業員数
- 加盟旅館約30軒(2025年時点、旅館ごとに従業員は別)
- 本記事の公開情報
- 2026-05-18 公開 / 出典 17本 / 本文約5,800字
今回取り上げるのは、熊本県阿蘇郡南小国町の山あい、阿蘇外輪山の北側に広がる温泉地「黒川温泉」と、その運営主体である黒川温泉観光旅館協同組合です。加盟旅館は2025年時点で約30軒、田の原川沿いの渓谷両側に旅館がひしめく構造で、年間入込客数は推定100万人前後、宿泊客はおよそ30万人とされます(黒川温泉公式サイト、日本経済新聞主催「JAPAN SHOP」コラム、観光庁関連資料による)。
本稿は、次の公開取材記事と公式発表をもとに、以下3点を整理します。
- ミツカン水の文化センター機関誌『水の文化』第72号
- 日本経済新聞「JAPAN SHOP」コラム
- 観光経済新聞
- 西日本新聞
- 致知出版社Webマガジン
- グッドデザイン賞公式アーカイブ
- 学芸出版社「まち座」
- PR TIMES(黒川温泉観光旅館協同組合配信)
- Relux Journal
- greenz.jp
- note「Au Kurokawa」
- 新明館公式サイト
- 後藤哲也氏
- 松田忠徳氏共著『黒川温泉 観光経営講座』(光文社新書、2005年)
- 1970-80年代の前夜──「黒川温泉一旅館」という発想の起点
- 何を変えたか──入湯手形、町並み統一、看板200本の撤去
- 第三世代の現在──コンポスト、2030ビジョン、インバウンド構成の変化
1. 1970-80年代の前夜──「黒川温泉一旅館」という発想の起点
黒川温泉観光旅館協同組合自体は、1961年(昭和36年)に6軒の旅館によって設立されました(黒川温泉公式サイト「黒川温泉とは」)。組合設立当初は、阿蘇山系・くじゅう連山に挟まれた山あいの湯治場で、加盟旅館の多くは農家との兼業、団体観光バスのルートからも外れた地味な存在でした。
転機の入口に立っていたのが、黒川温泉「山の宿 新明館」の3代目館主・後藤哲也氏です。後藤氏は1931年熊本県生まれ、新明館に生まれ育ち、若い頃から独学で観光を学び、「来る人を驚かせる温泉をつくりたい」という意志のもとで、1960年代から1970年代にかけて、ノミと金槌で新明館敷地内の岩山を10年かけて掘り抜き、全長およそ30メートルの「洞窟風呂」を1人で手掘りで完成させた人物です(西日本新聞「『観光カリスマ』後藤哲也さん死去 86歳 黒川温泉」、致知出版社「寂れた温泉街が、年間数百万人が訪れる観光地に」、たびらい熊本「山の宿 新明館」、新明館公式「歴史物語」)。
この洞窟風呂が口コミで評判となり、1970年代の黒川温泉のなかで新明館はほぼ唯一、客足の途絶えない宿となりました。後藤氏は2003年に国土交通省「観光カリスマ百選」の選定委員会から「観光カリスマ」として選定されています(観光庁「観光カリスマ百選」)。
後藤氏が掲げた発想は「黒川温泉一(いち)旅館」というフレーズに集約されています。新明館1軒だけが繁盛すればよいのではなく、黒川温泉の30軒全体を「1つの大きな旅館」と捉え、通りを廊下、各旅館を客室、温泉街全体を1つの宿として設計し直すという考え方です(『水の文化』第72号、後藤哲也・松田忠徳『黒川温泉 観光経営講座』光文社新書 2005年)。
街全体が1つの宿、通りは廊下、旅館は客室 ── 黒川温泉公式サイト「黒川温泉とは」、ほか複数取材で繰り返し紹介される温泉地共通理念
このフレーズは、1980年代に黒川温泉の青年部世代が動き始める際の合言葉になりました。1人勝ちではなく、温泉地として勝つ。30軒の旅館が露天風呂・町並み・看板・植栽までを1つの作品として束ねる、というコミュニティ活用の発想は、ここから始まっています。
2. 入湯手形(1986年)──露天風呂のない宿を救った1枚の木札
黒川温泉の代名詞となった「入湯手形」の発行が始まったのは、1986年(昭和61年)です(黒川温泉公式サイト「入湯手形」、黒川温泉公式サイト「黒川温泉とは」、日本経済新聞主催「JAPAN SHOP」コラム「存亡の危機から、全国1〜2位に上りつめた黒川温泉」)。
入湯手形は、1枚の木札を購入すれば、加盟旅館の露天風呂のなかから好きな3軒を選んで日帰り入浴できるという仕組みです。発行当初の価格は1枚1000円。木札は小国郷の杉・檜の間伐材から切り出され、首にぶら下げて温泉街を歩く形でデザインされています(黒川温泉公式サイト、観光経済新聞、学芸出版社「まち座」)。
この入湯手形は、もともと「敷地の制約でどうしても露天風呂がつくれない旅館が2軒あった」という現場の事情から発案された、という経緯が複数の取材記事で語られています(『水の文化』第72号、JAPAN SHOPコラム、ミツカン水の文化センター)。露天風呂をつくれない2軒の宿だけが取り残されないように、温泉街全体で露天風呂巡りの仕組みを共有しよう、というところから設計が始まっているところに、入湯手形の重みがあります。
仕組みの構造は次のように整理できます。
- 利用者は1枚1000円(発行当時)で木札を購入する
- 30軒近い加盟旅館のなかから露天風呂を3軒選び、日帰り入浴に使う
- 売上は組合に集約され、加盟旅館に配分される
- 露天風呂を持たない旅館にも、客の流入経路として手形利用者の街歩きが生まれる
この設計が結果として黒川温泉に与えた変化は、単なる入浴サービスの拡張にとどまりません。利用者にとっては「30軒のなかから3軒を選ぶ」という体験そのものが旅の目的になり、各旅館の側にとっては「自分の宿の露天風呂を、他の旅館の宿泊客にも見せる」という構造になります。1軒の旅館が単独で集客に苦しむ世界から、30軒が連合で1つの「露天風呂巡りの街」を売り出す世界へと、競争の地形そのものが書き換えられました。
この前後で、黒川温泉観光旅館協同組合は、1986年に組織を再編成し、「看板班」「環境班」「企画広報班」の3つの班体制に分かれて動き始めます(黒川温泉公式サイト、日本造園学会論文集「黒川温泉における雑木植栽による修景の展開過程とその技法」、JAPAN SHOPコラム)。露天風呂づくり、町並みづくり、発信の3方向を並行で進めるという、地方観光地のなかでは早期の試みでした。
入湯手形は、その後も継続して発行され、2023年10月1日からは大人料金が1300円から1500円に改定されています(黒川温泉公式サイト「入湯手形 価格改定のお知らせ」)。
3. 看板200本の撤去と雑木植栽──「景観を統一する」とは何か
黒川温泉の景観は、放っておいて生まれたものではありません。1986年以降の組合の動きのなかで、最も人手と時間を費やしたのが、町並みの統一でした。
JAPAN SHOPコラム「存亡の危機から、全国1〜2位に上りつめた黒川温泉」、黒川温泉公式サイト、日本造園学会論文集「黒川温泉における雑木植栽による修景の展開過程とその技法」(J-STAGE収録)などによれば、町並み統一の打ち手は以下の3点に分けて読み取ることができます。
-
看板の統一・撤去 1986年の組織再編で生まれた「看板班」が、温泉街に乱立していた個別の看板およそ200本をすべて撤去し、共通デザインの統一看板に置き換えました。各旅館の入口表示・案内板の色や書体を揃え、商業色の強い看板を順次なくしていく地道な作業です。
-
雑木の植栽による修景 1986年以降、組合は入湯手形の収益を含む共同資金で、温泉街の公共空間および各旅館の周辺に「雑木」を植え続けてきました。スギ・ヒノキの林業地ではなく、ヤマザクラやクヌギ、モミジ、ヤマモミジなど、阿蘇の二次林に自生する樹種を中心に、敢えて整いすぎない自然の風情を再現する植栽手法が取られています。日本造園学会論文集には、その展開過程と技法が学術的に整理されたレポートが収録されています。
-
建物の色調統一 旅館の外壁・屋根・サッシなどを、黒・茶・濃灰など落ち着いた色に揃え、近隣の里山と建物の境目をぼかす設計が進められました。「絵になる風景」を生み出すために、後藤哲也氏は新明館のみならず、組合の打ち手として周辺旅館の修景に助言を重ねていったと、複数の取材記事が記録しています。
これらの取り組みは、2007年度のグッドデザイン賞特別賞(後にエスティ環境設計研究所と共同名義で受賞作品「黒川温泉の風景づくり」として登録、グッドデザイン賞公式アーカイブ)で評価され、土木学会景観・デザイン委員会の優秀賞(2009年)、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン日本語版での掲載など、外部評価としても積み上がっていきました(グッドデザイン賞公式アーカイブ、土木学会景観デザイン賞、ミシュラン報道資料)。
景観統一の打ち手で重要なのは、これが「美しい街並みを残そう」という保存事業ではなく、「30軒で1つの旅館に見えるようにする」というマーケティングと一体化した投資であったという点です。看板200本の撤去は商業表示の自由度を制限する判断であり、各旅館の経営者が自分の宿の独自性を譲って、温泉地としての一体感を取った合意の積み重ねでもあります。
4. 第三世代の現在──北里有紀代表理事と「黒川みらい会議」
入湯手形を発案した第二世代(後藤哲也氏の世代を第一世代とする数え方で、1980年代に動いた青年部世代を第二世代と呼ぶ整理が『水の文化』第72号で示されています)の打ち手が、後の第三世代へと引き継がれていきます。
現在、黒川温泉観光旅館協同組合の代表理事を務めているのは、歴史の宿 御客屋の7代目御客番である北里有紀氏です。北里氏は熊本県阿蘇郡南小国町出身、地元を出てから戻り、20代後半で御客屋の役員に就任、2011年に組合の理事に初めて就き、2015年に組合史上最年少かつ女性初の代表理事(理事長)に就任したと、Relux Journal「住んでよし、働いてよし、訪れてよしの『ふるさと』を目指して」、greenz.jp「コ・クリエーションによる地方創生」、ミツカン水の文化センター『水の文化』第72号などで紹介されています。
北里氏の代表理事就任以降、黒川温泉観光旅館協同組合の打ち手は、観光客動員という前世代のテーマから、温泉地としての持続可能性に重心を移していきます。代表的な動きを年代順に並べると次のようになります。
- 2012年: 冬の竹灯籠ライトアップ「湯あかり」を開始(黒川温泉公式サイト、観光経済新聞「黒川温泉観光旅館協同組合、竹灯りライトアップ『黒川温泉 湯あかり10周年』開始」)。放置竹林の間伐材を使った地域環境再生の側面を持つ。
- 2018年: 2016年の熊本地震からの復興過程で、旅館組合・観光協会・自治会の三者による「黒川みらい会議」を立ち上げ、地域全体の将来像をサステナビリティとSDGsの視点で議論する場を整備(グリーングロワーズ、Life Hugger「黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト」など)。
- 2020年9月: 「黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト」を開始しました。旅館から出る食品残さ・もみ殻・落ち葉などをコンポスト化し、地元農家の堆肥として使う循環の仕組みを稼働させ、4カ月で約2,000Lの完熟堆肥を生成しました。最終的に加盟旅館30軒分の年間およそ102トン分の食品残さを堆肥化する目標を掲げています(PR TIMES「黒川温泉観光旅館協同組合」配信、Life Hugger、Livhub、IDEAS FOR GOOD)。
- 2021年: 同プロジェクトの映像が「サステナアワード2020 伝えたい日本の”サステナブル”」で「環境省環境経済課長賞」を受賞(PR TIMES、西日本新聞、NewsPicks転載)。
- 2021年: 旅館組合・観光協会・自治会の連名で「2030年ビジョン」を策定。組合設立60周年(2021年)を起点に、「阿蘇くじゅうの豊かな環境資源を活用、循環させることで、環境・経済・人々の幸福につながるサステナブルな温泉地を目指す」と公表(黒川温泉公式サイト「黒川温泉2030年ビジョン」、PR TIMES)。
- 2022年6月26日: 入湯手形の仕組みを37年ぶりにリニューアル。木札はそのままに、地域通貨機能を追加し、温泉街の飲食店・商店でも使える設計に拡張。さらに売上の1%を景観・自然環境保全活動に還元する循環の仕組みに改めた(黒川温泉公式サイト、welcomekyushu.jp、楽天トラベル、学芸出版社「まち座」)。
- 2023年10月1日: 入湯手形の大人料金を1300円から1500円に改定(黒川温泉公式サイト)。
これらの打ち手は、いずれも30軒の連合という組合構造の上で動いています。入湯手形の地域通貨化は飲食店・商店を巻き込み、コンポストは食品残さを出す側の旅館と、堆肥を使う側の農家を組合事務局が結び付けるかたちで運用されています。1980年代に「30軒で1つの旅館に見えるようにする」と決めたコミュニティの統治構造が、そのまま脱炭素やサーキュラーエコノミーの議論の器として機能している、というのが現在の黒川温泉の姿です。
5. インバウンド構成の変化──韓国シェアの相対化と台湾の伸び
黒川温泉は、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン日本語版で評価されたこともあって、2010年代以降、訪日外国人観光客の有力な目的地のひとつになりました。
地元宿泊データの分析記事(note「Au Kurokawa」、熊学院大学商学部研究紀要「過疎の黒川温泉はなぜ全国ブランドとなりえたのか?」など)によれば、訪日客の国・地域別構成は近年大きく組み替わっています。
- 2016年時点: 韓国39%、台湾11%という偏りのある構成
- 2024年時点: 韓国18%、台湾19%、香港・中国・米国・豪・仏・シンガポールなどが分散
- 2024年第4四半期: 韓国・台湾が同率23%で並び、香港20%、中国10%
台湾シェアの伸びは、TSMC(台湾積体電路製造)の熊本進出と、熊本-台北直行便の就航と並走しています(note「Au Kurokawa」)。一方、米国5.6%、オーストラリア3%、フランス2.3%、シンガポール4%といったアジア圏外からの来訪も増え、アジア4地域の合計シェアは2016年の81%から2024年には67%へと低下しています。
国際観光地としての裾野は確実に広がっており、入湯手形・町並み統一・湯あかり・コンポストといった黒川温泉の打ち手が、特定の市場のブームに依存しない設計になっていることが、結果として国別ポートフォリオの分散にもつながっています。
6. 編集視点:30軒連合とコミュニティ活用マーケティングの設計
黒川温泉の事例から取り出せる学びを、ローカルグローススタジオ的に整理すると次のようになります。
-
1軒では戦わずに、30軒の連合で戦う 黒川温泉の歩みは、「自分の宿だけ繁盛させる」という発想を1980年代に手放し、30軒で1つの温泉地ブランドをつくり直した記録です。地方の小規模事業者単独では大手チェーンに対して戦える広告予算も認知も持ち得ません。同じ地域・同じ業種の事業者が連合体を組み、1つの「街」として売り出す。この発想は、温泉地に限らず、商店街・産地・食材ブランドなど、地方で観光や物販を担う集まり全般に応用が利きます。
-
足りない宿を救う仕組みが、全体の集客装置になる 入湯手形は、もともと「露天風呂をつくれない2軒の宿を取り残さないため」の仕組みとして発案された経緯があります。最弱の構成員を救う設計が、結果として温泉地全体を象徴するブランド資産に育ったところに、コミュニティ活用マーケティングの本質的な学びがあります。地方の組合・連合体の打ち手は、最も困っている構成員の課題から逆算する方が、長期で見ると集客力にも結びつきます。
-
看板を捨てる勇気が、景観を売り物に変える 1986年に温泉街の看板200本を撤去するという判断は、各旅館の自由度を制限する合意です。商業表示を譲り渡して、温泉地としての一体感を取る。この種の「足し算ではなく引き算による差別化」は、地方の景観形成では必須の打ち手であり、看板の撤去・建物の色調統一・植栽の樹種統一はその古典的な3点セットです。
-
コミュニティの統治構造を、次世代の課題で再利用する 1980年代に編まれた「30軒の連合」という統治構造は、2020年代になってコンポストや2030ビジョンといった脱炭素・サーキュラーエコノミーの議論の器として再利用されています。組合という古い箱が、新しいテーマを動かす最も効率の良い装置になっている。地方企業・地方産地の組合は、解体ではなく再定義の対象として捉えるほうが、結果として地域の打ち手が早く動きます。
-
後継世代が世代の前提を組み替える 北里有紀氏が代表理事に就任した2015年以降、黒川温泉の打ち手は観光動員の数値から、温泉地としての持続可能性に重心が移ってきました。第二世代が築いた集客装置の上に、第三世代が脱炭素と循環の議論を載せる。世代交代を「前世代の継続」ではなく「前世代が築いた基盤の再利用」と捉える発想は、地方の事業承継一般に共通する考え方です。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
黒川温泉の物語は、阿蘇外輪山の山あいに点在する30軒近い小規模旅館が、後藤哲也氏の発想と1986年の入湯手形を起点に、「30軒で1つの旅館に見える」連合体としてブランド化されていった事例として読めます。重要なのは、入湯手形が「集客装置」であると同時に「足りない構成員を救う仕組み」として発案された点と、その上に1986年からの看板撤去・雑木植栽・建物色調統一という景観統一の長期投資が積み上がった点、そして2020年代の北里有紀氏代表理事のもとで、その連合体構造がコンポスト・2030ビジョン・地域通貨型入湯手形へと再利用された点です。地方マーケティングは、1社単独の打ち手より、複数事業者の連合体を組成し、その統治構造を世代を越えて再利用していく作業に近い──黒川温泉の歩みは、その作法の参考になります。ブランドや広告予算が薄い状態から地域の成長を作る経営者・自治体・組合関係者にとって、「最弱の構成員から逆算して全体を設計する」という発想は、長期で効く学びになります。
関連:ローカルグローススタジオ・グロースマガジン
本事例の学びと共通する、グロースマガジン(https://lgstudio.jp/magazine/)の解説記事を2本紹介します。
1. 地方企業/スタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略
共通点: 黒川温泉の30軒連合は、1軒の旅館では大手温泉地・大手ホテルチェーンと広告予算では戦えないという前提を踏まえ、温泉地として1つの作品に束ねる戦い方を選んだ事例です。本記事の「戦わない戦略」が示す「正面から戦わずに、自社の地形を変えて勝ち筋をつくる」という発想は、黒川温泉が看板を捨てて景観統一に倒した1986年の判断と、入湯手形で30軒を1つに見せた打ち手の両方に直結しています。
2. ローカル事例 - 店舗ビジネスはMEO(地図検索最適化)が重要
共通点: 黒川温泉は、田の原川沿いの渓谷という地理そのものをブランド資産に変えた事例です。本記事は店舗ビジネスにおける地図検索最適化の重要性を扱いますが、その根本にある「地理・立地・場所の固有性をどう価値化するか」という考え方は、黒川温泉が30軒の旅館を「温泉街」という1つの地理装置に再定義した動きと根を共有しています。MEOが個店単位での地理価値化なら、黒川温泉は温泉地単位での地理価値化を1986年から仕掛けてきた古典事例として読めます。
出典
-
黒川温泉公式サイト「黒川温泉とは」(黒川温泉観光旅館協同組合、取得日2026-05-18) https://www.kurokawaonsen.or.jp/about/
-
黒川温泉公式サイト「入湯手形」(黒川温泉観光旅館協同組合、取得日2026-05-18) https://www.kurokawaonsen.or.jp/tegata/
-
黒川温泉公式サイト「黒川温泉2030年ビジョン」(黒川温泉観光旅館協同組合、2021年策定、取得日2026-05-18) https://www.kurokawaonsen.or.jp/vision2030/
-
黒川温泉公式サイト「入湯手形 価格改定のお知らせ(10/1より適用)」(黒川温泉観光旅館協同組合、2023年公開、取得日2026-05-18) https://www.kurokawaonsen.or.jp/free/free.php?intFreeKey=312&intKKey=3
-
山の宿 新明館「黒川温泉 歴史物語」(株式会社新明館、取得日2026-05-18) https://shinmeikan.jp/history/
-
ミツカン水の文化センター 機関誌『水の文化』第72号「温泉の湯悦」内「〈第三世代〉が重ねる試行錯誤──『地域の力』で知名度上げた黒川温泉」(株式会社Mizkan Holdings、取得日2026-05-18) https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no72/11.html
-
日本経済新聞主催「JAPAN SHOP」コラム「存亡の危機から、全国1〜2位に上りつめた黒川温泉」(株式会社日本経済新聞社、取得日2026-05-18) https://messe.nikkei.co.jp/js/column/cat454/120576.html
-
西日本新聞「『観光カリスマ』後藤哲也さん死去 86歳 黒川温泉」(株式会社西日本新聞社、2018年公開、取得日2026-05-18) https://www.nishinippon.co.jp/item/388607/
-
致知出版社Webマガジン「寂れた温泉街が、年間数百万人が訪れる観光地に──“黒川温泉”を創り上げた後藤哲也氏が語るリーダー像」(致知出版社、取得日2026-05-18) https://www.chichi.co.jp/web/20250516_gotou/
-
グッドデザイン賞公式アーカイブ「黒川温泉の風景づくり」(公益財団法人日本デザイン振興会、2007年度受賞、取得日2026-05-18) https://www.g-mark.org/gallery/winners/9d5d26c8-803d-11ed-862b-0242ac130002?years=2007
-
学芸出版社「まち座」「黒川温泉郷『入湯手形』がリニューアル 地域通貨としての利用や環境保全への還元など循環めざす仕組みに」(株式会社学芸出版社、2022年公開、取得日2026-05-18) https://book.gakugei-pub.co.jp/kurokawa-onsen-tegata-circular-economy/
-
PR TIMES「黒川温泉の堆肥事業『黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト』動画が、サステナアワード2020にて、“環境省環境経済課長賞”を受賞」(黒川温泉観光旅館協同組合、2021年配信、取得日2026-05-18) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000071212.html
-
PR TIMES「黒川温泉は、旅館組合設立60周年を迎えるにあたり、未来のありたい姿を表した”2030年ビジョン”を策定しました」(黒川温泉観光旅館協同組合、2021年配信、取得日2026-05-18) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000071212.html
-
Relux Journal「住んでよし、働いてよし、訪れてよしの『ふるさと』を目指して。御客屋の社長が語るこれからの黒川温泉」(株式会社Loco Partners、取得日2026-05-18) https://rlx.jp/journal/kyushu/143627
-
greenz.jp「リクルートじゃらんリサーチセンター三田愛さん・黒川温泉北里有紀さんに聞く『コ・クリエーションによる地方創生』」(NPO法人グリーンズ、2016年6月公開、取得日2026-05-18) https://greenz.jp/2016/06/17/kokuri_kurokawa/
-
note「Au Kurokawa」「熊本県のインバウンドが過去最高らしい。黒川温泉はどうだ(2025年1-7月)」(note株式会社、2025年公開、取得日2026-05-18) https://note.com/au_kurokawa/n/ne28aa277df22
-
後藤哲也・松田忠徳 著『黒川温泉 観光経営講座』(光文社新書、2005年2月発行)
※本稿は2026年5月18日時点の公開取材記事と公式発表を基に構成しています。固有名詞・数値は引用元の表記に従いました。組合の役員構成・加盟旅館数・入湯手形の価格・インバウンド構成比などは更新の余地があり、最新数値は黒川温泉観光旅館協同組合の公式発表をご確認ください。記載に誤りがあった場合は、お問い合わせフォームよりご指摘ください。
音派の方へ:文派のマガジン記事と同じ学びを音声で
Vol.9
第9回 MEO(地図検索最適化)について
エピソードを聴く→
他の事例を読む
熊本県熊本市 ・ 流通・小売
株式会社ファクトリエ
熊本発の新規創業D2Cが、地方縫製工場・染工場・繊維工場との直接協業で職人還元単価を2倍以上に押し上げた、地方発MADE IN JAPANブランドの代表事例
宮崎県児湯郡新富町 ・ NPO・地方創生
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団)
人口1万7千人弱の宮崎県新富町で発足した地域商社が、「1粒1000円ライチ」のブランディングと起業家コミュニティ育成で「町を全国に届ける」モデルを示した、自治体×財団型の地方創生事例
福岡県糟屋郡久山町 ・ 食品・農業
株式会社久原本家グループ本社
福岡発・130年の醤油屋が「茅乃舎」のだしパックを軸に食品D2C+店舗体験で全国・海外に届けた、地方食品メーカーの代表的な業態転換事例
岩手県花巻市(花巻本社・東京本社の二拠点) ・ IT・スタートアップ
株式会社雨風太陽
震災復興と食材付き情報誌「東北食べる通信」を起点に、生産者と都市消費者を直接つなぐプラットフォーム「ポケットマルシェ」を育て、NPO発の日本初インパクトIPOで東証グロース上場まで進めた、地方発ソーシャル×プラットフォーム事業の代表事例
同じデータから別の切り口
熊本県阿蘇郡南小国町黒川 での採用市況・年収相場・転職市況のレポートも、黒川温泉観光旅館協同組合と同じデータパイプラインから提供しています。