グローススタジオレポート

成長事例シリーズ・テーマ4

産業観光のリアル|工場・蔵・現場を「訪れる目的地」に変えた7社に共通する打ち手

地方企業の成長事例シリーズ(全6テーマ)

これまでの回で何度も出てきた打ち手の一つが、工場や蔵、産地といった「製造の現場」を、顧客が訪れて体験する目的地に変えることでした。今回はその産業観光に絞ります。

承継した会社も、新しく興した会社も、伸びた会社の多くが、閉じていた製造現場を開き、見せて売る場に変えていました。本稿では、地方でその転換を成功させた7社の公開取材記事と公式発表を整理し、現場を目的地に変える打ち手の型と、それが経営に何を返したのかを、承継した会社も地域ぐるみの取り組みもまたいで読み解きます。なお、本メディアは対象企業への直接取材は行わず、公開取材記事と公式発表を集約して整理しています。

型① 自社の工場・蔵を「見せて売る」体験施設にする

最初の型は、これまで内部にあった工場や蔵を、顧客が入って見て買える体験施設に変えることです。製造の現場は、見せることで、価格ではなく価値で選ばれる理由になりました。

北海道の石屋製菓は、1995年に開いた見学施設(現・白い恋人パーク)で、ガラス越しに製造ラインを見せる場を作りました。2007年の賞味期限改ざん問題の後は、この透明性が信頼を実物で示す装置として働き、来場者は年約75万人規模に達しています。富山の能作は、自社の鋳物工場を、2017年の新社屋で「観光になる工場」として逆算で設計しました。工場見学に加えて鋳物製作体験や地場食のレストランを併設したことで、これまで顧客と接点のなかった鋳物メーカーに直接の接点が生まれ、見学者は年300人規模から13万人規模へと広がっています。福井の黒龍酒造は、長く守ってきた「大吟醸」というブランド資産を、2022年に開いた直販拠点ESHIKOTOへ接続しました。敷地約3万坪のうち約1万坪を先行して開き、蔵を訪れて買い、食べる体験へと広げ、2024年には泊まれるオーベルジュも加えています。

見せることを恥じるのではなく、見せることを価値にする。共通するのは、閉じていた製造現場を開き、体験を通じてブランドを直接伝えたことです。

登場企業(補足)

石屋製菓(北海道・札幌/製菓) 1947年創業、「白い恋人」で全国区の製菓会社。1995年開業の見学施設は2011年に「白い恋人パーク」へ改称し、2019年に大規模リニューアルしました。銀座・ドバイ出店やコンサドーレ札幌の子会社化で、看板商品への依存を分散しています。

能作(富山・高岡/鋳物) 1916年創業、長く仏具の下請けだった鋳物メーカー。婿養子の4代目のもとでメーカーへ転換し、社員は約10人から170人へ。2019年に新社屋がグッドデザイン賞を受賞し、2023年には産業観光を担った長女が5代目に就いています。

黒龍酒造(福井・永平寺/清酒) 1804年創業の200年蔵。協和発酵を経て戻った8代目が、品質を管理できる特約店だけに絞る流通改革に踏み込みました。ESHIKOTOは10年構想で開かれ、特約店流通・直販観光・宿泊という複数の収益源を次世代へ整えています。

型② 産地・地域ぐるみを「目的地」に開く

2つめの型は、自社の工場だけでなく、産地や創業地そのものを開いて、地域ごと訪れる目的地にすることです。一社では届かない来訪者を、地域全体を観光資源にすることで呼び込みました。

新潟・燕三条の玉川堂は、2013年に始まった「燕三条 工場の祭典」に中核事業者として参加し、自社だけでなく地域の工場群を毎年開いて見せる産業観光を築きました。祭典の来場者は初回の約1万人から2019年には約5.6万人、累計では27万人を超えています。奈良の中川政七商店は、2021年に創業地の元林院町へ複合施設「鹿猿狐ビルヂング」を開きました。本店に猿田彦珈琲や料理店、共同オフィスを併せ、観光地に店を出すのではなく、創業地の奈良に観光客を呼ぶ街区型の送客装置として設計しています。岐阜・高山の飛騨産業は、「飛騨を木工の聖地とする」を掲げ、2022年に本社隣接地へ「HIDA高山店 森と暮らしの編集室」を開きました。隈研吾がデザインしカフェを併せたこの拠点は、家具を見に来る場所から、飛騨高山の観光体験に溶け込む場所へと役割を広げています。

自社を点で見せるのではなく、地域を面で開く。共通するのは、産地や創業地の魅力ごと来訪者を呼び込み、その中で自社のブランドを伝えたことです。

登場企業(補足)

玉川堂(新潟・燕/鎚起銅器) 1816年創業、200年以上鎚起銅器を打つメーカー。7代目が問屋依存を脱して直営店主軸へ流通を切り替え、GINZA SIXの銀座店では内装の銅板400枚すべてを自社職人が手打ちしました。LVMHの「KRUG」との共同開発でも知られます。

中川政七商店(奈良/工芸SPA) 1716年創業、奈良晒300年の老舗。富士通の営業から戻った13代目が「日本の工芸を元気にする」を掲げてSPAへ転換し、売上86.8億円・店舗約60・社員約600名まで育てました。工芸メーカー向けの経営コンサルも手がけています。

飛騨産業(岐阜・高山/木工家具) 1920年創業。1990年代末に廃業も視野に入る経営状態から、家具業界の外から招かれた岡田贊三氏が、節を意匠にする「森のことば」や圧縮スギ「HIDA」で再生を主導しました。2年制全寮制の「飛騨職人学舎」で職人も育てています。

型③ 現場を「街」に拡張し、試合のない日も来る目的地にする

3つめの型は、単体の施設を超えて、現場を街の規模まで拡張し、日常的に人が集まる目的地に設計することです。産業観光の最も大きな形です。

北海道北広島市の北海道日本ハムファイターズは、2023年に総工費約600億円のエスコンフィールドHOKKAIDOを開き、球場を含む約32ヘクタールの街区「Fビレッジ」を約1,600億円規模で開発しました。球場を自ら所有することで、賃料や広告料、興行日程の主導権を自ら握ったうえで、「試合のない日に来る人」を主要な指標に置いたことが設計の核です。球場内のホテルや温泉、クボタと大学が連携する農業学習施設、こども園やグランピングを併せ、野球と接点のなかった異業種を街区のパートナーに迎えました。来場者はFビレッジ全体で開業初年度の約345万人から2024年の約419万人へ増え、2025年には累計1,000万人を突破し、非試合日にも平日約4,500人・週末約10,500人が訪れています。年間500億円以上の経済効果と、近郊で約3,900人の関連雇用が試算されています。

一つの施設を、日常的に人が集まる街へ広げる。ここで共通するのは、興行や販売という本業の時間だけでなく、その現場が持つ場所の力そのものを、収益と地域の集客に変えたことです。

登場企業(補足)

北海道日本ハムファイターズ(北海道・北広島/球団・街区開発) 1946年に創設された球団で、2004年に札幌へ本拠地を移し、2023年に北広島市の新球場へ再移転。街区・球場は日本ハム・電通グループなどが共同出資する会社(FSE)が担い、球団運営と街づくりを分けて設計しています。JR新駅も2028年開業を目指して着工しました。

まとめ:産業観光が経営に返したもの

  • 承継した会社も、新しく興した会社も、伸びた会社の多くが、閉じていた製造現場を開き、訪れて体験する目的地に変えていました
  • 自社の工場・蔵を見せて売る体験施設にすることで、価格ではなく価値で選ばれる理由と、ブランドを直接伝える場を持ちました
  • 産地や創業地ごと開くことで、一社では届かない来訪者を、地域全体を観光資源にして呼び込みました
  • 現場を街の規模まで拡張することで、本業の時間以外にも人が集まる、日常的な目的地に変えました
  • 産業観光が返したのは、価格競争からの離脱・ファンとの継続的な関係・地域への雇用と経済の波及でした

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この記事で取り上げた7社

それぞれの事例は、公開取材記事と公式発表を集約した全文記事で読めます。

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※ 本稿は各社・各団体の公開取材記事と公式発表を集約して整理したものです。対象への直接インタビューは行っていません。数値は公開取材時点の情報を引用しており、最新の情報と差異がある可能性があります。

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