成長事例シリーズ・テーマ3
販路・直販のリアル|問屋・下請けを抜けて顧客と直接つながった8社に共通する打ち手
前の2回では、会社を継いで伸ばした事業承継と、ゼロから興した地方創業を扱いました。そこで何度も出てきた打ち手の一つが、問屋・下請け・量販という「中間」を外し、顧客と直接つながることでした。今回はその販路に絞ります。
承継した会社も、新しく興した会社も、伸びた会社の多くが「誰かに売ってもらう」立場から「自分で顧客に届ける」立場へ移っていました。本稿では、地方でその転換を成功させた8社の公開取材記事と公式発表を整理し、直販という打ち手の型と、それが経営に何を返したのかを、承継企業と創業企業をまたいで読み解きます。なお、本メディアは対象企業への直接取材は行わず、公開取材記事と公式発表を集約して整理しています。
型① 下請け・卸から、自分の名前で直接売る
最初の型は、下請けや卸として部品・素材を納めていた会社が、自社ブランドの完成品を持ち、顧客に直接売る立場へ移ることです。下請けは、良いものを作っても価格を握れません。完成品を自分の名前で売ることが、その構造を変えました。
富山の能作は、長く仏具の下請けだった鋳物メーカーで、その「おりん」を風鈴に転用したのを機に自社製品開発へ進み、合金化が定石だった錫を「曲がる」純錫の器として完成品にしました。素材の技術を、顧客が直接手に取る商品に作り直したことで、下請け時代には持てなかった顧客との接点が生まれ、売上は10倍になっています。岐阜の浅野撚糸は、糸を出荷した時点で売上が立ち、最終消費者と接点を持てない撚糸メーカーでした。独自開発した糸「SUPER ZERO」を高機能タオル「エアーかおる」という完成品に翻訳し、ふるさと納税・直営店・ECで直接顧客に届けたことで、累計販売は1,900万枚規模に達しました。熊本のファクトリエは、工場と直接つながるD2Cで、工場が望む価格の2倍を小売価格とする「希望工場価格」という値付けを採りました。中間流通を経由しないことで原価率は約50%と高く、職人への還元単価を従来の2倍以上に引き上げています。
作る技術はあっても、売り先を他人に握られていた会社が、完成品と自分の名前を持った。共通するのは、売る立場を自分の側に取り戻したことです。
登場企業(補足)
能作(富山・高岡/鋳物) 1916年創業。長く仏具の下請けでしたが、婿養子の4代目のもとでメーカーへ転換。2017年に「観光になる工場」として新社屋を開き、見学者は年13万人規模、社員は約10人から170人へ増えました。
浅野撚糸(岐阜・安八/繊維D2C) 1969年設立。体育教師から家業へ戻った2代目が継いだ撚糸メーカーです。業界売上が7億円から2億円台へ縮む逆風の中で研究開発に集中し、2023年には総事業費30億円規模の福島県双葉町の新拠点を稼働しました。
ファクトリエ(熊本・熊本/D2Cファッション) 2012年設立。パリのグッチで働いた創業者が、家業の老舗洋品店を継がず別法人で立ち上げました。全国の縫製工場を一軒ずつ訪ねて提携先を2社から61社に広げ、商品タグに製造工場名を明記しています。
型② 問屋・量販を外して、顧客と続く関係をつくる
2つめの型は、問屋や量販店という流通を外し、直営店や通信販売で顧客と直接、続く関係を結ぶことです。量販に卸すと、売上は立っても顧客は見えません。直接つながることが、顧客の顔とデータを自社に取り戻しました。
福岡の久原本家は、縮む醤油の小売を廃業せずOEMに転じ、そのキャッシュフローを元手に、だしパック「茅乃舎」を通信販売と直営店中心で育てました。通販会員が増えたことが百貨店からの出店を呼び、店舗網が試食や料理教室という顧客接点として働き、直販・通販の比率を約82%まで高めています。この直接接点の厚みが、売上を6,300万円から318億円へ伸ばす土台になりました。福井のマルカワみそは、製法や原料、作り手の物語をECサイトに書き込み、検索から訪れた顧客を定期購入につなげる通販を育て、月商1,000万円超、売上の約半数がECになっています。京都の坂ノ途中は、規格外も含めて買い取り、農家の作付け計画に伴走しながら、「旬のお野菜セット」の定期便で、既存の流通に乗れなかった新規就農者と家庭の食卓を直接つなぎ、提携農家は全国400軒以上に広がりました。
量販に並べて終わりではなく、顧客と続く関係を持つ。共通するのは、一度きりの取引ではなく、顔とデータの見える継続的な接点を、自社で持ったことです。
登場企業(補足)
久原本家(福岡・久山/食品D2C) 1893年創業の「村の醤油屋」。4代目のもとで明太子「椒房庵」の9年の赤字を許容し、だしパック「茅乃舎」を軸に転換しました。2025年には隈研吾氏が設計監修した銀座旗艦店を開いています。
マルカワみそ(福井・越前/発酵食品) 1914年創業の有機味噌蔵。「経済価値より生命価値」を掲げ、2001年に北陸業界第1号の有機JAS認定を取得し、約60年ぶりに蔵付き麹菌を復活させました。家族経営6〜8名で通販を伸ばしています。
坂ノ途中(京都・京都/有機野菜D2C・コーヒー) 2009年創業。社名は「持続可能性に向かう坂の途中にいる」の意。提携農家の8割以上が新規就農者か有機の少量多品目農家で、第2の柱として海外の小規模農家と直接契約する「海ノ向こうコーヒー」も育てています。
型③ 売り方の型そのものを設計し直す
3つめの型は、店舗や販売のオペレーションそのものを設計し直し、固定費と規模の関係を自分で決めることです。直販は、規模を一気に広げる方向にも、あえて広げない方向にも使えます。
群馬発の雪松は、冷凍餃子を1パック1,000円の1品に絞り、電子決済も入れない賽銭箱型の無人販売にすることで、初期投資と固定費を極小化しました。パート数名の補充だけで店が回る構造にして出店を一気に加速し、2020年の42店から2023年には432店へ広げています。ただしこの低固定費モデルは、出店も撤退も本部の人手が追いつく範囲でしか動かせず、ピーク後は不採算の地域から撤退に転じ、2024年に374店、その後さらに219店規模まで縮小しました。鳥取・智頭のタルマーリーは反対に、直販と小商い、支援者プログラムを中心に据え、規模の拡大を追わず、事業を思想として言語化する道を選んでいます。同じ直販でも、片方は低コストで一気に広げ、片方はあえて広げない設計です。
売り方の型を自分で決められることが、直販のもう一つの意味でした。共通するのは、流通に規模やオペレーションを規定されるのではなく、自社で設計したことです。
登場企業(補足)
雪松(群馬・水上発/冷凍餃子) 1940年創業の中華食堂のレシピを、飲食未経験の甥にあたる外部経営者が別法人で引き継ぎました。本店は群馬に残し、法人は東京、製造は埼玉という三層構造で、無人餃子市場の約3割を占めています。
タルマーリー(鳥取・智頭/パン・地ビール) 2008年に千葉で創業。良い水と野生の菌を求め、千葉から岡山、鳥取へと移住を重ねました。純粋培養菌を使わず野生の菌だけで醸し、著書『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』は国内2万部です。
まとめ:直販が経営に返したもの
- 承継した会社も、新しく興した会社も、伸びた会社の多くが、問屋・下請け・量販という「中間」を外して顧客と直接つながっていました
- 下請け・卸から自社ブランドへ移ることで、良いものを作っても価格を握れない構造から抜け、売る立場を自分の側に取り戻しました
- 問屋・量販を外して直営・通販へ移ることで、一度きりの取引ではなく、顔とデータの見える継続的な顧客接点を持ちました
- 売り方の型そのものを設計し直すことで、固定費と規模の関係を、拡大にもあえて広げない選択にも使えるようになりました
- 直販が返したのは、価格決定権・利益率・顧客データという、成長を自分で握るための土台でした
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※ 本稿は各社・各団体の公開取材記事と公式発表を集約して整理したものです。対象への直接インタビューは行っていません。数値は公開取材時点の情報を引用しており、最新の情報と差異がある可能性があります。